日記:木星期と夢講座より

・のんちゃんサプライズ

またひとつ歳を重ねました。

誕生日の夕飯は町のお弁当で、胃もたれして眠れなかった。
胃薬を飲もうと電気とTVをつけたら「おやすみ眠いいね」のサプライズゲストがのんちゃんだったと!
録画しといてよかった。


めちゃ可愛かった。
誕生日プレゼントのようにも思った。大げさ!??

のんちゃんは「あまちゃん」の時と比べてコミュニケーション力が格段に上がったようですね。
ってか、こんなに人好きだったんだ?というくらい、「又吉さんは?」とかぐいぐい質問してた。
でも、いざクドカンに質問を振られると、「えっ、あっ…ですっ!」という挙動不審さがあって、それは女優というよりさかなクンだった。
「ラーメンのラの字を聞いただけで、”ラーメン!”」と食べたくなる興奮を、立ち上がっちゃうくらい表現してくれたりとか、のんちゃんの独特さは健在だった。
本当に、女優然とならずにこんな独特さが温存されてるのんちゃんを見られるのはありがたすぎる。
のんちゃんの中に、「何にも殺されないよう守ってきた自分の一部」を見たんだ。

 

・みじめの中で微笑んで

ユーミンの曲に「朝陽の中で微笑んで」という曲がありますね。
オリジナルの曲はあまり知らなくて、諫山実生さんのカバー曲が好き。
とても美しい曲だけど、なぜか自分が感じてきたみじめさを重ねたくなる。

今日は今井先生の夢告堂講座第6回でした。
「みじめさを感じ切ることで価値ある自分を構築する」
そんなようなお話があった。
ここ10年くらい、それはまんま火星期であるけども、みじめさをたんと味わった期間でした。
だからこそ構築できた「自分」があったわけで。
私の火星は冥王星とつながってるので(ぴったり150度)、「とことん」感じたのですね。
あーみじめだなー(それは自分が一番わかってる)ってことを、表に出すことなく淡々と生活してきて木星期。そこに肯定的に光を当ててくれた人がいたとして。

あれ?と思った。洗いきれてないような自分の側面には、見る人が見たらおもしろくて価値ありげな模様が刻まれてた。そんなこともあるもんで。自分はこの光を取り込むために火星期を生きてきたんじゃないかと思った木星期前夜。
この光を感じるには、みじめな環境の中で自分の価値を信じたり信じられなかったり、でも結局信じると決める葛藤が必要なのであって。それは至極円満な環境では生まれなかったはず。
誰しもそんなんじゃなかったっけ?
なのに自分だけ殊更みじめみたいに思うことがある。それは本当はみんな「個」だからじゃないのかな。

 

・星と占いと私

私はなぜホロスコープに夢中になったんだろう?ということをじっくり考えるのは、いつもどこか気まずさがありました。
「占いにハマった」
そうくくられれば、えーまぁそうなんです…ってお茶を濁したまんま。
それでも鑑定など、真剣に事に当たっていることを、くくってくる人に説明してもしょうがないとも思う。
これも今日の夢講座で、「なんのために」がはっきり感じられた。
ホロスコープや占いがなければここまで「私」を健全に生きてこれなかったということ。

私は企業の中で仕事をすることもとても好きだけど、仕事以外のことがどうも苦手…ってこともある。
協調性はあるほうなのに同調が苦しい。「よくしていこう」という思いが時に人から煙たがられる。
「自分」をなくしたほうがうまくいく、その空気は頭ではわかるから、実践しておとなしくして、そんで結局ボロが出る。自我が出る。
星や占いに触れることは「”自分”を忘れない」ということだった。それが夢講座ではっきり自覚されました。
常識の中にちゃんと収まる自分もいて、「収まりきれない自分」も確かに有る。
その収まりきれなさをみんなどこでどうしているんだろう?
私の場合、星・占い→表現だったみたい。

 

・マディソン郡の橋

今回の夢講座の題材でした。
25年ぶりくらいに見返した。前回見たのは大学生の時。タイへ向かう飛行機の中にて。
中年の恋愛や心情を、20代の私が理解できるわけもなかった。
乗客全員であの濃厚な重なり合いを見るのもこっぱずかしかったしね。
しかし今回見返してみたら、泣いた…号泣。
45歳のメリル・ストリープがめちゃきれいですね。
クリント・イーストウッドは若々しく見えたけど当時65歳と。驚愕!!

これは中年のみならず、妻であり母であり、また誰かに「役割」を期待されて必死で応える誰しもの胸に刺さりそうな映画です。
たった4日間の恋愛。この映画のことはまた改めて触れるかもだけど、「私」に目覚める物語。
「誰か」に見つめてもらわなければ「私」を取り戻せない。妻でも母でもない「私」。少女の夢がたくさん詰まったあの頃の。
そのために人は恋愛するんだと思う。それはたった4日でも一生分の支えにもなる。
普通で平凡に生きてきたと思っても、あるとき絶対訪れる「魂」が発露するような機会。
誰かが私の魂に触れてきた。そんな経験とかね。それは時に「道を外れた」ように常識が警告してくる。
「愚者」の世界なんでしょうかね。人生の事件簿だよ。
「愚かに生きる」ことを覚悟してこそ「魔術師」のように新しい何かが始まる。
自分の中に愚かさがいくつあるか。それが多いほど実はいいんじゃないだろか。
一点も愚かじゃないと胸張るならそれでもいいけど、愚かな人を引きずり下ろすでないよ。可愛いドジを愚かにカウントするな。もっともっと愚かは孤独。愚かは勇気。下っていく。
クドカンが好きなのは、国民的ドラマを生み出す一方で下ネタ満載の曲も生み出しまくるから(笑)
クドカンも蟹座、のんちゃんも蟹座、大谷くんも藤井くんも蟹座。
「上」ぶったりしません(できませんってば)ってとこが蟹座の長所と思う。

 

 

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