職場の夢の違和感

今日久々に夢の中で泣いて、目が覚めても泣いてました。

職場の夢。
私の前職の後輩女性が私の雇用主で、私は明日から新しいスーパーに派遣されることに。
後輩女性に「スーパーに明日私が行く連絡って入ってる?(入れた方がいいと思うけど)」と言ったら、後輩女性はすごく顔をしかめてPCに向かう。
連絡入れてたなら「入れたよ」と言えばいいし、入れてないなら素直に入れればいいのに…と思いながら私はそこをそっと離れて外の休憩スペースへ。

休憩スペースにはすでにTさんという同じ派遣女性が座ってて、私が距離をとって横に座るとTさんは、「空間を独占してすみませんでした」と言ってそこを離れた。
なぜわざわざそんなことを言うのだろう。言わせてしまったのだろう。
私はなぜ人を不快にしてしまうのだろうと悲しくなって涙を流す。
そこにラッパーの男性たちがわらわら入ってきて、私の涙に気づく。

寝る前にこの漫画を読んだからかなぁ。


女の体をゆるすまで

この本は、トランスジェンダーのペス山ポピーさんがご自身の性被害とそれに長いこと苦しまれてきたお話。上巻のみ読みました。
性被害はじめ被害全般、「隙があった自分も悪かったんじゃないか?」「相手は悪気がなさそうだったし…」「とっても嫌だけど私が声を上げることで関係が壊れるのが怖い」と、なぜか「自分の非」ばかりクローズアップして、「相手が自分に何をしたか(言ったか)」「自分の不快感」に蓋をしようとする傾向が、特に日本人は強いでしょうね。
でも「時代」がこの3年くらいですごい変わったと思う。
7年前まではやっぱり自分が不快感を訴えても「被害」にはならなかったあれこれ。
今なら社会的にも「被害」になる。そのあたりの時代の変化も漫画では描かれてます。
「女の体に生まれなければよかった…」そう思ってしまう自分をゆるしていく過程のお話。

 

 

仕事を掛け持ちしたことで人間関係のストレスがずいぶんなくなったのですが、それでもたま〜にある。だから仕事を掛け持ちしようと思ったんだなぁと。
ほんの数人ですが、われら非正規のことバカと思ってんのかな?という態度をとる人がいる。
「あの人はそういう人だから」ってこの何年も・何回もそう言い聞かせてきた。
それに「いつも悪い人じゃない」
そう信じたくてわざわざ笑ってもらおうと心を砕いたこともあった。
でもそれは、心にただ蓋をしてるだけ。時々蓋の下がぐらぐら沸き立つ。
ペス山さんの漫画を読んだことで、無意識の蓋が踊ったんだろうかな。

その職場の夢をよく見ますが、いつも不自然なんですよ。まるで間違い探しみたいに。
さっきまで大便が落ちてた床にランチの鮭が落ちちゃって、職場の超神経質な女が拾ってまた皿に載せたのを私は動揺しながら見つめつつ誰にも何も言えない夢とか。
職場のみんなに私が差し入れた漬物に誰も手をつけないとか(漬物持ってくる私もおかしいけど)、巨大な地震が来てるのに誰も逃げないとか。

これらは夢分析を受けたことによって「圧倒的な違和感」と自覚されました。

新しい掛け持ち先の夢も見ます。
いつも男性たちに囲まれてて、時には厳しいアドバイスも飛ぶけど、私を輪の中に入れようとしてくれる。
なのに夢の中の私は積極的に輪に入れない。
今の仕事もそれなりにプレッシャーというストレスがあります。失敗もしちゃうし。
だけどみんな率直な人柄だし、「まっすぐ流れてる」というムードを私はキャッチしている。
だから「行きたくない」と思うことは今のところないんですよね。
でもどこにいても私は「非正規だ」と思ってしまう。その引け目が「輪に入れない」と夢で表れちゃうのかも。

漫画の中でのペス山さんのセリフ、「こんな厳しい世の中だし…でもこれが生きるってことだよなっ」と言い聞かせるものがある一方、「皆が声を上げ始めて勝てない裁判が勝てるようになったり…逆に今までのはなんだったんだよ」というのがあります。
「長いこと自分を責めてきた」という状態から解放されると、視線が反転して「今までなんだったんだよ」と、加害側とか容認されてきた環境に思いが至るようになる。

「実は嫌で嫌でしょうがなかったこと」って必ずどこかで膨れ上がりますよね。
それがもし性に関することだったら…と思うとゾッとするし、見ないようにしてた蓋が実はあるかもしれない。
性被害じゃなくても誰かの短い言葉としても、不快感を表明できなかったことが傷となって今でもうずくってことたくさんあります。
相手の言動はもちろん許せないんだけど、何より自分を責めている。
こんなに長いこと自分を責めて、「責めなくてよかったんだ」「相手が絶対悪い!」と思えるまでのこの長い時を思うとしばし放心状態にもなるけれど、自分を責める時間をさらに延ばしていくよりずっといいんだろうな。

本当になんであの人のあんな態度を許していたんだろう。
許してはないつもりだけど、私が表明しなければ許すも同然。
自分のことなのに、どこまでも「フェア」を心がけようとするエネルギーは健気というか愚かというか。
あの人があんな態度をするのは、私に落ち度があったからだ、なんてさ。
それは職場の話だけじゃなく、ごく身近な人間ということもあります。

嫌で嫌でしょうがないことにもし対峙できないのなら、逃げるのが一番いいのだと思う。
絆とかつながりとか声高に叫ばれる世の中において「逃げる」って結構恐怖。
TVの中の「絆」ワードに悪意すら感じる。弱い人を従順なままつなぎとめておく呪い。
絆から外れた人を孤独に陥れる自己責任論。

私は火星期ずっと戦ってたなぁと思い返されました。
私の火星は1室牡牛座で、7室冥王星と度数ぴったり150度。
身につけた自分の技術でもってコツコツ邁進したくても、「みんな」という絶対的なルールに矯正されていく。冥王星は8室の支配星でもあるので、「組織のルール」「組織仕様」
ネガティブなことばかりじゃなく、成長にもつながったはずなんですけどね。火星期は誰にとっても戦い期とは思う。

今年から木星期で、牡羊木星は蟹土星とスクエア。
松村先生のアスペクト大事典によると、90年代までの木星ー土星スクエアはネガティブなことしか言われてなかったけど、「土星というルールの中で木星は拡大をちょっと諦める」というくらいなものだそう。
しかし土星より遠い外惑星と木星がアスペクトを取る場合は、土星のルールすらぶち破られると。
私の木星は天秤天王星とオポジション。
火星期に身につけたローカルルールの中で私はやってやりますよ!という行儀の良い元気さは、しかしいずれ「ルールなんて飛び越えちまえ!」となるのかもしれない。
もうなってるかも。それが「掛け持ち」という行動力と結びついてる気がします。
天王星は11室支配星なので「将来見越したらローカルルールなんてもう過去過去!」みたいな?

今日の満月は、この木星ー天王星上で起きてるんですよねぇ(しみじみというか、ワクワクというか)

 

 

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