人間関係のパターン

自分の人間関係、そのベースは家族らしい。

 

私の周りにいる女性は大体こんな感じ。

A:話を優しく聞いてくれつつ無邪気に盛り上がれる人
B:何を話してもアドバイスで返ってくる人
C:体からトゲが出てるように感じるほど怖い人
D:気が利いて頭も良く明るく社会人として完璧な人

男性はこんな感じ。

1:ヘラヘラしてるけど聞き上手で優しい人(責任は取りたくない)
2:指導好き・威圧的・お酒好きで外交的な人
3:感情に波がなく仕事できる人
4:無口だけど人の言動に敏感で依存気味な人

家族の誰かしらの特徴が複合的ににじんでるとも言えるし、全部自分とも言える。
自分の一部が投影されてるのかもしれないし、人間関係のパターンを書き換えられないままでいるだけかもしれない。

よく「仕事辞めたい(転職したい)」とかって人に相談すると、「どこ行っても同じだよ…」って言ってくる人いますよね。
なんなの!あれ?と憤慨もしますがね。
小さいときに家族の誰かをすごく恐れてたり、何か言われたことをずっっと我慢してたとして。
大人になっても似たようなシチュエーションは繰り返されるようで。

我慢するから繰り返される。
「自分さえおとなしくしてれば」とか「自分が悪い」と決め込んでやり過ごそうとするというのは、元気一杯の子どもに「静かにしてなさい(半永久的に)」って命じてるようなものなんでしょうね。
半永久…そんなの無理。
でも年取るごとに「我慢できるはず」とか思っちゃうんだけど、我慢させられた子どもは、癒やされるまでずっと心に住み着くのだろう。
「どこ行っても同じ」って、そりゃそうかもだけど、環境を思い切って変えるというのは、心の子どもを救ってやることとも思う。
苦痛な日々から解放してあげる。あの逃げられなかった幼い恐怖、その同じパターンから脱する行動力や情報力は今ならある。

 

私の人間関係、B、C、D、2で苦しむことが多いですかね。
女性ほとんどじゃんって感じですが、末っ子ならではかなと。つい「下」を引き受けちゃう。
上からアドバイス・指導に素直になりすぎるし、「自分なんて」というポーズをあえてしたりした。
1っぽくヘラヘラしてるのも自分、そういふうに装っておきながら、4のように人間関係を静かに見つめて「自分の位置」を見極めてる。

Dは母かなと思う。
いつも明るく家族の苦難を乗り越えてきた。「こうなりたい」と思うにはあまりに高すぎる理想。
人間関係でも明るくて性格も良い優秀すぎる人との出会いが多いんですよね。
その人の気の利かせ方を常に参考にして、上司が何かに着手する前に「あ、私がやります」「そぉお?じゃお願い」っていう20代だったとして。
30も半ばになって、そういうのはいいだろうと思ったら、転職先にはツワモノがいた。
私より先輩なのにいつも私を立てようとする。みんなを立てようとする。
そこにトラップがあるのか知らんけど、「じゃ、お言葉に甘えて」なんてあぐらをかいてはいられない。思うツボになりそうで。どうすれば先輩的に正解なのかわからないままソワソワしまくり。
この「どうすれば先輩的に」っていうのが他人軸選手権じゃ優勝でしょうよ。これを最近までやってました。

CとDに一番やっちゃいけないのは(自分の精神衛生上)、この他人軸思考。
Cはとにかく気分屋が多いので、不機嫌に押し黙ってたり無視されるなんてしょっちゅう。
それを私は4よろしくビクビク感じまくる。
Dは「べき」がそもそも強い人で、その人の「べき」に添いたいスイッチが入るとどうにも落ち着かない。

 

今もあるのか、渋谷でプチ箱庭療法を体験できるカフェに行ったことがありました。今から7年前くらい。
棚から好きなフィギュアを取ってきて、箱の中に自由に置く。
私は角に富士山を配置して、その対角に自分の家を置く。その2階から富士山を日々眺める設定。
「どんな気持ちですか?」とカウンセラー。
「私は富士山には登れないので、こうして眺めてます」
「どうして登れないの?」
「あまりにも高くて無理だから、眺めることしかできない」
ここで涙があふれた。

「何か高い理想を掲げすぎてる」と言われ、当時なりに心当たりがあったものの、今のほうがずっとわかる。母ベースの理想的「べき」をクリアしたかった。
母は「べき」を押し付けてくる人じゃないんですけどね。良好な関係だけど、「罪悪感」はずっと強かった。
母みたいにはなれないけど、母を幸せにしなきゃという意気込みが強いままきちゃったかもな。
去年好きな人ができて初デートのあの年末、自分の中の優先順位が音を立てて崩れていく感覚で泣き通しだったですね、確か。
初めて母と過ごさない大晦日。1人で過ごしました。

今までも好きな人いたり交際したりしてたんだけど、振り返れば無意識で母を選んでたのかも。こわっ。
ちゃんとした人を選ばないと母を安心させられないという思いは強かった。
未婚女性はわりとこの「お母さんがどう思うか」「お母さんに悪い」という気持ちを慢性的に抱えてる人じゃないかと思うけどどうでしょう。
なのに時々どういう反発心なのか、すんごい汚い車に乗ってたり冒険浮気野郎とか不良一歩手前の人を好きになったりして、「母に紹介することになったらどうしよう」とかいう無駄なビクビクを感じてたりとか。
ま、そういう人と長く続くわけはありません。
私の場合は特に年の離れたきょうだいもいるので、「きょうだいからバカにされたくない(ジャッジされたくない)」というハードルの高さもありました。勝手にこしらえたハードル。
成績や仕事はある程度努力で乗り越えられるとして、恋愛や人間関係はどうにもならないものです。

 

しかし、それもこれも「自分を愛する」ってことで全部解決するらしいですね。
自分のこと全部OK!いいんだよという自分への声かけ。
先々週はずっと暇だったので、時間があれば「いいんだよ」という声かけをしてた。
最初は「いいわきゃないだろ!!」と心が叫びまくるけど、それでも根気よくなだめていると、週の後半にはちょっといろいろ変わってた。ビクビクが消えた感じ。
なんにも考えないことが増えて、ただ窓の景色を眺めてる脳内平和な時間増。
そのうちおなかがすいて、最近カップラーメン食べる頻度高くなりました(いい傾向なのか?)

しかし人の運勢というのはそう単純ではない。
その翌週には激烈に感情揺さぶられることあり。怒りですね。
怒りというのはまさに「抑制」の分の噴出と思う。
何かをずっと抑えてきていた。自分の心を第一優先にしてなかった。他人軸の領域が多かった。
それを見つめるのはなかなか苦しかったけど、何がそんなに嫌で不満だったかはわかりました。
集団内で自分の意見が尊重されないことが多いと、「やっぱ自分が変なのかな」って引き取って終わりにしがちでしたね。違うだろーーー!って心は叫んでたですよ。心だけは正しいことを知っていた。
なのにそれを「私が変」で片付けて、扉の奥はパンパンに。蝶番も壊れるわな。

そういう7月でした。今日でもう太陽も獅子座かぁ。

 

 

 

 

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