「青春と変態」

少し前に読んでいた会田誠さんの小説。
その名も「青春と変態」。

会田誠さんは美術家で、でも正直私は会田さんの書く文章のほうにとても惹かれてる。
とあるエッセイを読んでみてから、この人の文章にもっと触れたいと思って、ネットで買ったのがこの本なのでした。
どういう本かはあまり調べず、文庫本になってたから買ってみたのでして、エッセイだと思ったら小説だったからびっくり。
小説書ける美術家なのか!と。
しかも文庫化されるなんて。
そんでこれまた高校生の時の会田さんの日記っぽく始まっている。

え、日記?
本当に当時の日記?

そんなわけないだろと、普通は思うのかもしれないのだけど、そう確信させるものが私にはわからなかったので、ずっと「当時の会田さんの日記」と思って読み進めてました。

けど、そこんとこをどう思いながら読み進めていくかを決めるのは結構勇気のいることです。
だって「高校生の会田くん」の趣味は女子トイレの覗きなのだから。

こういう作品に触れるのが慣れてる大人とか、おしゃれな空気感を読んだりつかんだりするのが上手な人だったら、「ふんふん♪ あはは」と、随分余裕かつスマートな気持ちで読み進められるのかもしれません。
私はとにかく読み進める「勇気」のことを考えてしまった。
こういうとこが自分の軸の無さなのです。

おもしろいか?おもしろくないか?だったら、絶対におもしろい。相当おもしろい。
好きか?嫌いか?だったら、割と好き。結構好き。かなり好き。

じゃあ読み進めるのになんの問題もないじゃないの。

友達に薦められるか?薦められないか?だったら、うーん…。
ブログに感想載せるか?やめとくか?だったら…。

でも、やっぱり相当におもしろかったのです。
通勤中の電車内で、袋とじ読んでるような狭さでこっそりページ開いてたあの時間、楽しくてわくわくして、顔から惜しげもなく「にんまり」溢れさせてた。
駅について本を閉じて、地下鉄から上がったときには、「かぁ~青春!」と、青空を仰ぎ見るくらい爽やかな気分になっちゃったりして。

本の内容は、ポエミーな感傷とは一見対極の「エロ・グロ」なんだけども、「高校生の会田くん」が綴る、いかにも高校生らしい行事や友人関係やささいな出来事へのわくわくが、「エロ・グロ」への罪悪感を見事に中和させていて、電車着いて途中のどこで本を閉じても、読後感はいつでもすっきりで。

こういうのをおもしろいと言っちゃいけない風潮に、今日は負けてはいけないと思った。
いや、風潮とかって何それ?ってのが現実かもしれないけど、私はいつでも自分の周りに「かくあるべき」の膜を張り、誰も意識も攻撃もしないほど見えないものなのに、自分だけが必死に過剰にその膜が傷つかないようびくびくびくびくしている。

真面目?
とかってすぐくくられちゃうんだけど、でもやっぱ真面目を保とうという意識が強いのは、その対極(と自分が思っていること)を追求したい自分に罪悪感があるからかな。
本とかエッセイで会田さんが語られるこのあたりのこと、それはつまりSEXとか性器のことっていうのは、だけどこれらをいかに世間が「陰」に押し込もうとしているのかも、浮き彫りにされてくる。
語りたい、知りたい。
人間ってすばらしい。
「大いにそうしませんか?語りませんか?目をそらさずに見てみませんか?」
会田さんのそんな「讃歌」に触れると、恥ずかしがってたことが恥ずかしく思えてくる。
しかもそれは「見られる・知られる恥ずかしさ」とかじゃなく、軸のない恥ずかしさだったから。

 

「高校生」という、目覚めの時期の衝動や感情を純粋と言えるかどうかはわからないけど、「会田くん」は日記の中で、昔は僕たちくらいの年齢で結婚をすることが当たり前で、だけど現代社会がその生理を不自然にゆがめたのじゃないかというようなことを言っていて、思い出された自分の高校時代。
「僕たちもいずれ結婚…」なんて言ってきた彼氏のことをすんごい冷たい目で見下ろしてしまった当時の自分だったけど、あの時の彼は「会田くん」的哲学を持っていたかもしれなくて、そんな古代的衝動に忠実だった彼がバカ→世間に忠実だった自分が大人…なんてこの思い込み!
が、時を超えて覆されたように感じて、そして今の私は軸のふがいなさに泣けてきちゃったりしてさ。

新月のそんな「うじうじ」からやっぱり上昇気分になりたくて、「青春と変態」を読んでた幸せ期間を思い返すべく再び手に取る。
あ、言っちゃった、幸せって。

 

なんかとにかく爽快・痛快だった。
「いや、最高だね」
なんてつぶやいて電車から降りたりもして。
途中で「会田さん、マジかよ」と引いたところももちろんあります。
だけど「会田くん」が大げさにほのめかす「事件」になんだかんだぐいぐい引き込まれ、そんでやっぱり会田さんはお上手なのだと思います、文で表現するということも。

以前会田さんについて記事書きましたが、いずれもこの小説のことを知らなかった時に書いたものでした。(→ 天秤が濃密なとき
だけど読み返してみると、会田さんの表現ってまさに「そんな感じ」で、やっぱ蠍座はさらっと通過できない濃厚なものを放つのだなぁ~と感じましたよ。

タモさんもやっぱ「変態」と自ら公言されててね、だけど忌み嫌われるものばかりこの世からなくしたら何かしら滅びるよ…みたいな、なんだか重要そうな警告は、いつでも自称・変態の方たちが発してくれるから、変態に感動できる自分軸はすっくと形成しとこうかなと、相当パワフル「らしい」今回の新月期に、ひとまず決めたことでした。

 

会田誠展「GROUND NO PLAN」

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