振り返る中学時代のバランス

最近、河合隼雄先生の本を読んでいます。
日本人初のユング研究所の心理学者であり、夢を取り入れた心理療法などもされた方。

本の中の「バランス」という言葉が今、すごく残ってて。

みんなバランスをとっているのですね…と。
表面的に激しく堕落的に見えても、個々人のレベルでバランスをとっている。
ギャンブルも攻撃性も、そうせざるを得ない何か事情がそれぞれにある。
ついつい「不良はこれだから…」とか決めつけがち。
・・なんて話は40年前から金八先生でも言われてたような話だろうけど。

 

「あんなに仲よかったのに…」という人と口もきかなくなるような交友関係は昔からいくらでもある。
特に中学時代は激しかったですね。
でも中学って心と体の成長が一番著しい時期と思うので、年単位でどんどん脱皮していくというか、内面も外面もそりゃ激しく変化するでしょうね。
中1の時すごく仲よくなった子=クマダは、すんごい口の悪い子。
私は影響うけまくって、いわゆる「ヤンキー言葉」を教室でも家でも使うようになった。「ざけんじゃねー」とか「じゃねーの?」とか。それは反抗期とも重なる。

あれはあれなりにバランスをとってたんだろうなと今思う。
例えば末っ子の逆襲とか。
「下」とずっと見なされてきた反発が、中1じゃまだ理性的に言語化できない分、反抗言葉でイキがる。
クマダがいたなら心強さ100倍。
2人で「やべー」「ざけんな」とか言って教室で爆笑してたっけな…クラスの男子ににらまれて、余計ボリュームを上げる我ら。担任の先生にまで目をつけられる。
悪いのは言葉だけで、ほか何も悪いことしてないのに。

ところが中2のクラス替えでクマダと別れると、廊下ですれ違っても挨拶すらしなくなる。
たぶん3学期にはお互い疲れてた。このイキがったコミュニケーションに。
中1の2学期までとっていた心のバランスを、後半にはもう取る必要もなくなったというか。
どっか成長したんでしょうね。

中2で仲よくなったのは心優しく朗らかな女子=アイちゃん。
男子と平和的なコミュニケーションを心がける子。
中1で男子をにらみまくってた自分なんかいち早く脱ぎ去りましたね。
でも廊下ですれ違うクマダはずっと眼光鋭い。
クマダの家庭環境はよく知らないけど、彼女なりに反発を継続する必要があったのかもしれない。
だんだん変化していく私とクマダはいつからか、バランスを取るのが難しくなってたのか。
卒業してから何度か同窓会はあったけど、クマダと連絡が取れたという話は聞いたことがない。

*******************

中2のときに塾で仲よくなったミツイさんはすごく賢くて美しくて、私とミツイさんで西暦暗記ランキングを競うようなこともあった。
「2人で難関校行こう!」と切磋琢磨し合う関係性だったのに、その後2人して成績が落ちていく。
私は難関校から2ランクほど下げた高校こそ自分らしいや…とすぐ方向転換できたけど、ミツイさんはランクを下げない。塾講師が何度もランク下げの説得にかかる。
そのうち、ミツイさんはその塾講師の「男」として醜い部分を露骨に見下すようになったりした。自分を誘惑してくる汚い30代だ、とか。
もともと賢いミツイさんは、三島由紀夫や太宰治の小説に影響を受けまくって、「死に方」の話ばかりする。
そんなパンキッシュな一面が出てきたミツイさんに私はぞくぞく惹かれていくんだけど、すぐ怖くなるし嫌にもなる。
死のことなんて普段考えない自分がひどくレベルの低い人に思えてきたりもして。
その後、ミツイさんは不本意にランクを下げた女子校に入り、縁は切れた。

2人して成績が上がる一方だったころ、「誰とも違う(優れた)自分」を互いが互いの中に見て舞い上がってたんだと思う。
でも「優れた自分」への自信が少し失いかけたころ、一気に何かがガラガラ崩れ落ちて、残った部分が「本当の自分」だったのかもしれない。
それを一応は受け入れた私。
2人のバランスはここらで崩れたのかも。
私は「それなりの自分」の再構築に取りかかれた。
ミツイさんは自分を高みに置いた状態で修復を試みた、ように見えた。
わかりませんけどね。
ミツイさんは一流の女子校で一流の女になることを熱く夢みてた人。
あのころの私は「一流の女子って…?」と引いた気持ちがあったかも。世界の狭い私はあのころ何にもイメージ湧かなかった。
30男の塾講師にも一流の女というビジョンはピンとこなかっただろうか。
ミツイさんの家族はどうだっただろう。
もしかしたらミツイさんを全力で肯定・応援する人は誰もいなかったのかも。
すごく美人な子で(橋本愛似)、そんなことを目指さなくても君には可能性があるヨ…なんて大人の色メガネで足を引っ張られることなんていくらでもあったかもしれない。
30男からの誘惑という話にも私は懐疑的で、「あいつに洗脳されてんだよ!」なんてミツイさんに言われたりしたけど、本当にそうだったかも。
私なんていとも簡単に大人に洗脳されて、ミツイさんの味方になってあげられなかった、というのが真実かも。わからないけど今ごろそんな気がしてくる。
その後ミツイさんの話はとんと聞かないけど、「それなり」を選んだ私から離れたのは必然だったとも言えそうです。

*******************

中3のとき、塾でもう1人の女子と仲良くなりました。スアマさん。
スアマさんはむっちゃ真面目っ子で、私がクラスを上げたクラスにすでにいた人。
ミツイさんの極端さに疲れてた私にとって、スアマさんの落ち着きと穏やかさは癒やしでした。
これまたバランスとってたと言えるでしょうね。
スアマさんは、ミツイさんが夢みたような一流女子校に楽々入れるような人。
性格も良いし、全部完璧じゃん!と称えたくなるようなスアマさんは当時、恋をしていた。
それは長く一途すぎる片思い。

同じ中学・同じ塾のトモヤマくんのことをずっと好きらしい。
トモヤマくんは最難関男子校合格確実。
スアマさんも同レベルの女子校に行くことをモチベーションに勉強を頑張ってきたようでした。
スアマさんは「プラトニックでいいんだ」と言う。
告白はいずれするけど、交際は望まないんだと。
ただ好きでいさせてほしいと、今で言う「推し」への感情に近かったのかもしれない。
といってウブなわけじゃないことは会話でわかる。
性的なことへの興味も知識もそれなりにあるのに、トモヤマくんにそれは求めないという。
しかも一生独身でいいとか言い出す。一生をトモヤマくんに捧げると!
今なら分かる気もするけど、15、6歳のあの頃に、尼さん街道を進まんとするスアマさんに私は正直引いていた。
しかもスアマさんの妄想というか計画はどんどん進んでいく。
トモヤマくんと同級生の会話を盗み聞いて、きっと東大か早稲田を目指すと予想。
じゃあ自分はお茶の水がいいだろうか?どこだと釣り合いがとれるだろう?なんてシミュレーションしてた。
同じ早稲田に行けばいいじゃんと言うと、そこまで追うのはさすがにヤバイという自覚はあるみたいで、「あくまで平行線」に美しくこだわっていたスアマさん。
あの時代。スアマさんに私の何を投影してて、どうバランスをとってたんだろう。楽しかったな。

ただミツイさんもスアマさんも、私の中学にはいないタイプだったですね。
2人に出会ったとき、「新しい世界!」とワクワクしたことは今でも覚えてる。
塾って不思議ですよね〜。中学も不思議。
同じ時代に同じ地区に住んでるのに、ちょっとした地域差が性格や個性として表れる。
こんな音楽聴いて、こんな本を読んでる人は私の中学にはいない!とか思ったりする。
なのにいっときの関係性だったりして、いずれ離れていくとかね。

スアマさんとは高3のとき、電車内で偶然会った。
私はそのとき彼氏と一緒で、なんとなく挨拶できなかった。
今でもトモヤマくんを好きなのか確かめることは、スアマさんを茶化すことになりそうで。
「そうだよ、まだ好き」と言われたら、やっぱちょっと引いちゃう気がするし、「もう別な人がいるよ」と言われたら、ほっとする一方、スアマさんあの頑固な一貫性や説得力が勝手に自分の中で崩れていく気がした。
どっちもできなかったから、スアマさんに気づかないふりして電車を降りた。

高校に入った自分、「結局それなりだな」ってことを突きつけられるのもどこか嫌だったんだと思う。
それなりの成績で、それなりに適当な高校に入って、それなりに男女交際をしてる。
極端さをゴリゴリ出してたミツイさんとスアマさんに見下されそうな一部分を自覚してた。
でも「それなりが一番!」とも思ってた。
私の高校ってパリピ風が多かったというのもありますね。制服なかったし、高校の行事はなにかってぇとダンスばっかだし。
高校の自分が一番輝いてたかもと思う一方で、「本当の自分」からかけ離れてたようにも思う。
本当の自分は地味。なのに時々身分不相応な華やかさや賢さを目指す。
どこか極端なミツイさんとスアマさん、それにクマダの中に「自分の突き抜けた可能性」を確実に映し見てて、何歳になっても私はその芽をずっとひっそり育ててたんじゃないかな。「かな」とか言って、知らねーよって話でしょうけど。

ちょっと驚いたのが、スアマさんは最難関女子校に入ったあと、意外な女子大に入ってたこと。
それこそパリピ風女子大だった。名前を聞くだけで化粧の匂いがしてくるような。
お茶の水とか津田塾っぽかったスアマさんがね。
そんで、私の高校の友達と同級生になってて、あるとき友達との電話に乱入してきた。
「イエーい!」とかって本当ちょっとパリピでしたよ…
マジで??と驚いた私は、そのときトモヤマくんのこと聞いちゃった。
さすがにもう好きじゃなかったけど、トモヤマくんの情報めちゃ詳しかった。
ああ、その執着わかる…私にもそういうとこあるよ。惰性で情報拾いまくるやつ。
再会したらまた分かり合えることたくさんあったかもしれない。

「自分の好きな自分」「見たくない自分」がダイレクトに相手に映し出されるのが中学とか高校時代なんでしょうか。
そんで急速に仲よくなったり離れたりする。
大人からの影響なんてことはまったく自覚できずにイライラしたり泣いたり笑ったり、コントロールが難しい時期でしたよ。
まったくの子どもからどんどん成長していくあの時代。
激しく複雑な時期をバランスとって支え合うように共に生き抜いた、あのころの友たちの話でした。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。