冥王星という壁

日大のアメフトタックル問題が、こんな展開になるとは思いませんでした。
まさかこんなに若者が傷つけられ、まさかこんなに大人が不誠実とは。

 

そしてあの前監督は、アメフト部監督という以外にも大学の中で人事や予算についても権限を持ってたということで、これにもまた驚かされました。
あの人がいかに怖いかというのは、会見に同席していた前コーチを見てもよく伝わってきましたが、もし自分がコーチという立場だったら…と想像してみたとき、やっぱりああなるしかなかったのかもしれない…と思ったりもしました。

「どうなるかわかってるだろうな?」
もしこんなことを暗にほのめかされたとして、自分の人生が社会的に抹殺されるかもしれない…それが耐えられなくてなりふりかまわない行動に出る人は、世の中にたくさんたくさんいるのだろうな。

 

しかし自分のことを振り返ったとき、正義感という軸を大切にしたいと思いながらも、とある人の前ではどうしても正義感を繰り出せないこともある。
やっぱり怖いのです。
そのときストレートに刃向かうよりも、「策」を練るほうがよさそうだと、いったん持ち帰る。
そういう姿は、誰かからしたら怖い人にしっぽを巻いたように映るのかもしれません。
でもそれでも、どうしようもできない人がいる。。
あの前監督ももしかしたら部のみんなにとってそんな人だったんじゃないだろうか。

なんとウイキペディアが立っていたので、ホロスコープを見てみました。

なんとっ!!!

なんという獅子座マジョリティーでしょうか。
これは横柄になるはずです。
パーソナル天体がこんなに揃ってて、青年の頃からずっと横柄…?というのは冗談ですが、この方は月も牡羊座なのでやはり気性は荒く、熱血の人なのでしょうね。

そしてなんたって太陽ー冥王星コンジャンクションです。
オーブは10度と広めですが、パーソナル天体はそれくらいオーブを取っても影響力は確実にあると思ってます。
でも木星も近くにあるから、カリスマ性も半端ないのかもしれません。
王者。まさに獅子的風格。負けるとか弱いとか女々しいとか、これだけ獅子に星が集まってるともう、許せないでしょうね。

 

プログレスも見てみます。
現在62歳・土星期。
蠍座N土星がT木星とコンジャンクション。
あーこんな形で照らされるとは。

山羊座P土星の上をT冥王星がすでに通過してて(権力のピーク)、T土星がこれから乗っかります(制限・自制)。

 

ちなみに20歳の若者は太陽魚座で、かつ魚座マジョリティーでした。
これは優しい!!

彼はこれらとN冥王星がスクエアなのですね。
大きな大きな壁が立ちはだかる。

 

「冥王星に勝つ」ということは、ないのかもしれません。
だけどなんで壁が立ちはだかるような運命に生まれてきたかといえば…
わかりようがありませんが、「立ち向かう」ことをしなければ見えてこない真実を感じたいのかな。どうでしょうね。
俳優でも太陽ー冥王星スクエアの人は、国とか権力とか、1人では到底勝てないものと戦う役をされたりします。
でもそれがドラマになるというのは、やはりその姿が感動を呼ぶから。
何が正しくてどうあるべきなのか。
冥王星自体が「悪」ではないですが、勝つことが真実でも正義でもないという真理を痛感するには、太陽ー冥王星スクエアの人の奮闘はいつの時代も求められてしかるべき、なのでしょうね。

ただ「勝つ」ことはないとしても、冥王星という強大なパワーをテコの原理ように自分に力を流し込む、ってことはありそうです。
というか、やっぱりそのくらいの強運とか、ブレークスルーの未来が備わってるともいえます。

 

そして魚座。
やはり魚座じゃなきゃね…。
「空気を読む」ということがただひとつの正解みたいなムードってあります。
どこかまでは、確かにそういう人が出世をするのだろうし、権力者にかわいがられる。
青年は金星が山羊座なので、金星期は権力に順応しようとされてきたかもしれません。
でも山羊座以降の水瓶座、魚座は「社会」という枠を超えるのです。
部とか企業でしか通用しない正しさのこと、「本当にそうかな?」って首をかしげられる。

水瓶座が「空気読まねぇぜ!」ってやれるのだとしたら、魚座は「そもそも空気って何?」ってちょっとポカンとしちゃう。
その姿に、「おいおいおい…」ってつっこまれるのだとしても、「”人”として・宇宙的観点からして正しくないよね?」っていうスケールの大きさに、周りはいつのまにか感動させられる…。
魚座マジョリティーの方は、そういう汚されないピュアさを宿してるのかもしれない、なんて思いました。
ミスチルの桜井さんも魚座マジョリティーですが、どこか笑われ者の孤独が描かれた曲が特徴的に思えます。

 

私がストレートに刃向かえない人は、やはり太陽ー冥王星コンジャンクションの人でした。
3人くらい近くにいる。
太陽ー冥王星スクエアと違って、コンジャンクションの人は決して支配されない。
支配をする側になる人もいるけど、そうとは限らなかったりもします。
でもその人に何か違和感を指摘しようと思っても、どうしても直接は伝えられない…という不思議な圧を感じるばかり。
怖い人ばかりじゃないのです。
それなのに、「この人を変えることなどできない」という諦めみたいなものがぐっと、壁みたいにして立ちはだかる。
「誰にも支配されたくない」という念みたいなものは、コンジャンクションの人は抱いてるかもしれないですね。
この人の周りの人は、もう諦めるしかなくなるのです。
対峙するのにすごいエネルギーを使うことがわかるから、そういうとこに労力使うくらいなら、自分が離れたり、変わったほうがましだと思う。

それで太陽ー冥王星コンジャンクションということは、水星も含めてトリプルコンジャンクションの場合も多い。
そうなると「言葉」も相当きつくなりがちです。
人をげんなりさせるような強さだったりとか。
ただやはり「冥王星」なので、信じたらその先に正しさがあるかもしれないとも思わせる。
そういう強い男性が父親だったり夫だったり、という出方をするかもしれませんね。
もしくは運命的な強い結びつきとかも。

 

ちなみに故・篠竹監督は月ー冥王星コンジャンクションの方。
月でも、人に対してパワーを印象づかせるかもしれないです。
この方も相当厳しい指導だったようですが、蟹座マジョリティーの方でした。(太陽乙女)
生涯家族を持たず、選手と合宿所で生活を共にしていたとのエピソードにも驚きました。
「強さ」が備わってる人がこの世にはいて、それをどういう強さとして表現して生きていくのか。
それが生き様ってことなのでしょうかね。
「正しさ」ということが時によくわからなくなりますが、今回の件は、青年たちの純粋さがとにかく報われてほしいと願うばかりです。

 

 

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