チェック!普通じゃない

自分は「普通」じゃないと感じて落ち込む。
それは、40代になってもよくあることです。

私はきょうだいと歳が10近く離れているし、核家族育ちでもない。
そんなことだけでも、「あいつ普通じゃない」を幼少期から嗅ぎとられたりしました。
またきょうだいもオリジナリティーを大事にする性格だったので、やはり私も影響されて、何かと沸き上がる挑戦心が人をムカつかせるということは、あったんだろうなと思う。

ショックだったのは、先生から目をつけられるということ。
友達からハブられるというのは、まぁ、あったことだしそれもつらかったですが、小1や小6や中1のときに、大人から個性を嫌われたのはショックでした。
私は特別目立つはずもなかったのに、滲み出る何かが嫌われたようだった。
もっともっと個性を押し込めていたらよかったのかもしれません。
しかしそんなことは結局、「その教師に好かれるには?」を延々探って疲れるだけなのだから、すべきことでもなかった。

「学校に行かなくて良い」
こういう声が高まってきた世の中というのは、とてもいいですね。
学校に行かないという選択は、個性や可能性を広げる一歩じゃないかな、と思ったりするのです。むしろ個性の確立の近道かもしれない。
もちろん、いろんな授業を受けることもまた可能性拡大のチャンス。
でも人と違うルートを通ったということは、それだけで際立つ個性。
ずっとあとになってきっと輝くと、信じるのは自分しかいなかったようなその道のりが、いつどんなふうに芽を出すのか。
架空の誰かの未来像にすら、ワクワクしたりするのです。

本人がそれを選択したくても親が許さないという場合はたくさんあるのでしょう。
親の価値観から乖離することなど考えられない人もいるだろうし、40代になってもそんな人はそれなりに見かける。
私も30代半ばまでは、親きょうだいの安心する道が正しい道だと信じ込んでた。
だから10代の「行かなくていい」を可能にすることは、どれだけ現実的なのだろう?と思います。

唐突ですが、占いの話です。
私は生まれた時の星の配置=ホロスコープで、鑑定を少ししてたりします。
「普通に染まれない」という人は、孤独さがホロスコープに表れてたりするし、「つらくてしょうがない」という人は、重い重い星の圧を受けていたりする。
個性や現状の重さがホロスコープに浮き上がる人が、学校や会社の「普通」に従って生きてるのだったら、そりゃつらいよなぁと思うし、すでに体が動かない、どこにも行けないという人ももちろんいて、流れに乗らないことで自分を守ってるんだなぁと感慨深くもなる。

学校に行かないわけにはいかないと、すでに諦めの境地で日々を過ごす学生もたくさんいらっしゃるでしょうね。
もし、もし自分を責める日々ならば、ホロスコープで「自分の個性」をチェックしてみませんか?と思うわけです。
人と違うんだということを、少しでも誇りとして胸に抱いてもらいたい。
そしてすべてのことはちょっとずつ変化しています。
周りも、自分も。
変化の兆しは救いかもしれない、とも思うのです。

もし興味を抱かれた方は、ニックネーム・生年月日・性別・出生時間とともにメールをください。(メールのみのやりとりです)
「自分の個性と現状をチェック」というライトなレベルです。
誰しも表現の可能性を無限大に秘めてるはず!と強く思います。
その表現欲の疼きは、大事な何かの芽なのでしょうね。

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