ホロスコープ、読みます

昨日の「クローズアップ現代+」を見て、いろいろ考えちゃいました。

今、住宅ローンを払えずに多額の借金を背負う人が増えているとのこと。
それは働き方改革によって残業が減り…ということは収入も激減し。
残業ありという前提で組んでたローンを払えないと…。

これはショックでした。
私の職場でも働き方改革が確かに進んできてて、多忙さが緩和されてきたのです。
それは一見良いことだけれど、確かに収入は減る。
「家を買う」という安定ルートに確かに乗れたはずなのに、「時代」の風向きが変わるなんて。
そこまで想定しないと家も買えなくなったとは。

 

この2週間は何回か知り合いと食事をする機会がありました。
「子どもがかわいくない」という会話がとてもショックだった。
それで悩んでるのならまだしも(悩んでると思うけど)、「やってあげてる」「時間が奪われるストレス」というニュアンスは私の心を重くした。
そういう愚痴は誰しもあるのだと思うけど、愚痴よりもずっと根深いものを感じてどうにも気にかかってしまったこと。
何もかも手に入れてから、結局自分は気ままなのが好きで、誰のお世話も何のメンテナンスもしたくないと気づく。
それでも生活していくうちに、親・大人の過程を経るんだと信じるしかないのだろうけど。

 

もうこれからの時代、「みんなそうしてるから」という流れになんとなく乗るというんじゃ、うまくいかない時代になるのでしょうかね。
もうなってきてるのかも。
「みんな」がなんの安心材料にもならない。
自分はどうしたいのか。
本当に望んでることってなんなのか。
誰かと比較しなくて済む自分。
これを持ってたら普通とか一人前とか、どこ行ったことあれば幸せとか、新婚旅行が伊豆よりタヒチのほうがなぜ満たされてるように見えちゃうかとか、どれもこれも自分の心・捉え方次第なのに、問題はいつも外にあるように思うから、自分が何を求めて何を好きだかがわからない、そういう人は案外多いかもしれません。

 

こういうとき、「自分のホロスコープ見てみませんか?」なんてことどうも思ってしまいます。

「誰かと同じでありたい」「みんなと同じレベルにまで!」という気持ちは、ごく自然とも言えるけどもうそれじゃだめなんだという気がどうもしてます。
今日の「なつぞら」じゃないけれど、自分の中の自然な気持ちがどうにも不自然にゆがんじゃうこともある。
それは仕事や恋愛や家族関係や。
「自分」をいつも信じられてれば、比較や普通にへこむこともなければ、ホロスコープを見るなんてことは全く必要ないです。
ただ、「すべき」とか「人の目線」「親の目線」とか「普通」にこだわるあまり「自分」がないがしろになる人は、少なくないですね。

例えばいつでも負荷のかかることばかり負わされてる気分でストレス溜めやすい人は、たぶん楽になる方法を伝授されてもそれに乗らないんですよ。
おそらくその人の仕事やメンタルに関する部分に土星が影響を与えてる。
土星とは「社会的常識・責任感・忍耐・努力」を意味する惑星。
「楽をするのはよくないこと」という価値観なので、「楽したい」「仕事を辞めたい」とか言いながら、積極的に楽になる方法を選ぶことはしない。

ただ土星は「確かさ・堅実さ・信頼感・ベテラン」も意味するので、土星の負荷を受けてるうちに、家庭や職場で「なくてはならない人」になるはず。
でもそれは、負荷に見舞われがちな自分を観念して受け入れてこそ。
いつまでたっても「嫌だ〜」と逃げてたりするうちは、被害者意識が抜けないまま生きていくことになるのかもしれなくて。
でも受け入れてこそ、いつの間にか職人並みのスキルを身につけてたり、自分に自信が湧いてどっしり安定した中年期だったりするのですよ。
ただ一生謙遜しがちの人でしょうけどね。

 

私の話になりますが、私は友達に恵まれてると言えるけど、時々「本当に分かり合える人なんていないんだ」と思ったりもします。
というのは、距離が深くなって親友みたいになるごとに、私は相手と喧嘩をしてしまう。
「なんでも心を打ち明けたい」と思うから、相手と少し意見が違ったりすると、その違いをわかりたくて「なんで?理解できない(だから教えて欲しい)」と食らいつく。
それが嫌だという人ももちろんいます。

私は月と火星がスクエアなのです。
「親しい女性を傷つける」「親しい女性にキツい」というふうにどうしても出てしまう。
(そうは出ない人もいるはず)
だから家族にもかみつくし。
ただいつも本音が飛び交う私の家族を私は誇りに思ってるし、家族もみんなケロッとしててくれる。
私は家族を表す4室で太陽と土星がコンジャンクションなので、こんなんでも家族の絆は強いのです。

そういえば私がとても仲良くなる友達とは、「ライブ」「お芝居」に行くことが多いです。
たぶん火星の激しさをそこで緩和してるのでしょうね。
無意識でこういうことをして、関係を円満に保ってたりするから不思議です。
そしてなんといっても「距離」
対人関係を表す私の部屋は「距離感」が何より大事な風星座だし。

「友達は一緒にいてこそ」
これが常識なんだととらわれると落ち込んでしまうけど、「会わないようにする」というスタンスこそが自分らしいのであって、それでも不思議と強固な信頼関係が結ばれたりもするのです。
自分はこれでいいんだと、自分のパターンはこういう感じなのだと自分で決める。

 

これは私が40代になったからかもしれません。
20代・30代は寂しいと思うことがとても多かった。
人にひっつかないと自分の価値を見出せなかったのです。
でもその若い年齢に、あれこれ失敗やぶつかり合い・みじめさを経験してこそ人はどんどん進化していく、と、信じるしかないですかね。。

 

この「信じる」というのがホロスコープを見るのにも欠かせないものです。
星やタロット・占術に懐疑的な人は、「信じる前に証拠を見せろ」という、「与えられてから与える・のっかってやる」というスタンスの人が多い。
何にしてもそうだけど、「まず与える・のっかる」ことをしてこそ見える景色というのがあって。
星やタロットなどに関心を持ってくれる人は、その対象を信じてるだけじゃなく、すでにご自身のことを信じられる強さがあるのだなぁということは常々思う・実に感動的なことです。

 

ちなみにホロスコープやタロットを見るというのは、「占い」という言葉の域を随分超えていると思っているのです。
だから「占いなんて」という声にどうも傷つく。
ただこんなウジウジも、「信じてます」という方々の声でどうにも吹き飛んでってしまうもの。

また私に鑑定依頼してくれる方は、このブログを読んでくれる方がほとんどということで、ということは私のこの長たらしい文章を「読める」という方なのです。
メールでの鑑定のやりとりもまた長いですからね。
なので、私の文章に抵抗感がなくて、かつ自分をもっと知ってみたいという方は、ホロスコープを一緒に見つめてみましょう!
ホロスコープ・タロット読み、おまかせいただければ幸いです。

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夏にまた料金の変更あるかもしれないです!
また各種無料モニター募集もまたあるかもしれず。
固まったらまたご連絡します。

 

 

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