通夜の朝

ヤプログ終了に伴って、2008年の日記を10年後の初日にひとまず移行させます。

 

************

 

ゆうべもあまり眠れなかった。
母も遅くまで起きていたようだ。

母は乗り切れるだろうか。

それは心配だった。
そして心配していることの一つに、もう一人の伯母が午前中から
くる予定になってることがあった。

その伯母と母は、私たちと同居していた父の母が7年前に亡くなってから
まともに会ってないのだ。
単純に父の姉ということで緊張感のある関係だったらしいが、
いろいろと忙しい中に伯母を気遣わないといけないことも
母にとっては重荷となっているようだった。

しかし、朝ごはん食べ終わるか終わらないかのうちに伯母は来た。

父の姉なので当然ながら父より年上なのだが、
祖母の葬式で会ったときの印象とそんなに変わらない。
元気そうだ。

意外なことに、母が嬉々として伯母と話してた部屋から出てきた。
喪服として着る着物一式の点検を一緒にしてくれて
助かったというのだ。
なにやらたくさん小物を持ってきて、伯母と2人話しこんで、
1時間ほど笑い声もしながらなかなか楽しそうだ。

姉は、「かわいそうに。気を使ってるね」と言う。

家出て10数年もたつやつはわからないのだな~なんて思う。
母はシンプルな性格。
感情はそのまんま顔に出る。
楽しそうだし、元気そうだ。

葬儀屋からいろいろ説明され、聞かれ、段取りを
考えてへとへとになってた昨日。

それに比べて今日は伯母以外来客もなく、
お茶飲みながら、久々の対面に会話弾ませながら、
ゆっくりできているように見える。

そして私は。。。
昼ごはん、明日の朝ごはんまで考えてる。
告別式は午前中。
朝早く起きて朝ごはんを作るのは、、、つらい。
今、つくってしまえ。

ずっと台所に立ってる私を見て申し訳なくなったのか、
姉も台所に来て、一緒にサンドイッチを作り始めた。

私たち家族は15時半には葬儀場に行かなくてはならない。
とりあえず、しっかり食べないといけない。

サンドイッチを食べていたら玄関のチャイムが鳴った。

父もいよいよこの家とはお別れだ。
葬儀屋が迎えに来たのだ。

なきがらが家に戻されてから2日、その間、お線香をあげに来た方も
結構いたが、家族からすると、父が単に眠っているようにしか思えなかった。
「おじいちゃん寝てるんだから静かにね」
そんな注意を姪や甥にしてしまいそうな2日間だった。

門から父を見送る。
甥がいない。
あわてて階段を駆け下りてきた。
トイレで{うんこ}をしてたようだ。
「まだ流してない」
みんなで「早く!」と笑いながら門に集まる。

だけど、ふと、元旦に一時退院してまた病院に帰っていく
タクシーの中の父を思い出した。
入院前から10歳ぐらい老け込んで、ぼーっとすることも
多かった父だが、タクシーの中からは子供のようににかーっと笑って
手を振っていた。

父を載せた車が遠ざかる。

父の魂はどこにあるのだろうか。
もしかしたら自分が死んだこともわかっていないかもしれない。
だけど、この家を離れないといけないのは、
魂にとっても、魂なき亡骸にとってもつらいのではないだろうか。

車は見えなくなった。
「流してこないとっ!」
甥の言葉にまたみんなで笑った。

そして、食べかけのサンドイッチもほおばった。
だって、食べないと葬式は乗り切れないから。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。