金スマを見て思い返す

ヤプログ終了に伴って、2008年の日記を10年後の初日にひとまず移行させます。

 

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今日の金スマは「ホームレス中学生」スペシャル。

私も友達から借りて読んだ。
正直、芸人の本というだけで拒絶反応を示していたが、友達が貸してくれるというので読んでみた。
とってもピュアな文体で、そしてとっても感動した本だった。
誰もが持っている身内、母親への気持ちが詰まっていて、
誰でも自分に照らし合わせて読んでいるのではないだろうか。

金スマを見て、驚いたことに田村裕の思ってきたことと自分の身内への思いが
重なるところが多々あった。

田村裕はお母さんが亡くなったことを中学生にもなって実感できなかったと言っていた。
中学生なのにいつかひょっこり帰ってくると思ってたと。

だけど、「中学生なのに」ではない。
私こそまだ父の死を実感できてないのだ。

先日、四十九日法要があった。母は納骨のために骨壷を風呂敷で包んだとき、
初めて本当にひとりぼっちになったんだと感じたと言った。

私は、、、わからない。実感できてるんだと思う。そして、帰ってくるんじゃないかとか、
そんなふうに思ってないことは確かだ。
でも、あのベッドにまだ存在があるような気がする。あの部屋にも。
私は何かから逃げているのだろうか。今はわからない。

そして田村裕の周りの人が亡くなっていくたび、彼は絶望していく。
きょうだいに何か被害や病気が降りかかるのではないかという恐怖。

まさにそうなのだ。
身内が亡くなると、誰しもこんな恐怖に陥るのだろうか。
私の場合、父が亡くなって、父の死そのものを悲しむ時間よりはるかに
母がさらに老いていつか死んでしまうことを考える時間、
それを恐れる時間のほうが多くなった。

ひいては、10も年の離れた姉だって、10年後20年後は50歳、60歳。
本当に近い身内の死がそんなに遠いものではないことに愕然としたりすることもある。

父が死んだことについて、号泣したり深い喪失感を感じたりした時間は
あったけなと思う。年老いていたし、こんなものなのだろうか。
あとでがーっとくるのだろうか。

父のことについて本当に悲しかったのは、父が救急車で運ばれて
その後父を見舞ったときだった気がする。
生きてるのか死にそうなのか、
これで生きているといわれたって意味なんかないじゃないかと思えるような状態。

あのときはまさか正月のように劇的な回復を遂げるとは思えず、
1ヶ月以内に死んでしまうんじゃないかと思った。
昨年の脅威的な夏の暑さでどんどん元気を失う父。
病院に行ったほうがいいんじゃないかと心配していたのだが、
母は「散歩に連れて行って歩かせればよくなる」と信じていた。
そんな母を、父の入院後責めたりして、
だけど母を自責の念に駆らせてしまう自分が最低な親不孝ものだと思ったり。

その夜はそれこそ走馬灯のように父のことが思い出され、
「生きてたってあんなんじゃ意味ないじゃないか」
「2週間前に会った、あれが実質の最後だった」
そんなことばかり思いながら嗚咽していたのだった。

金スマを見てて思ったのは、本当に悲しかったのは伏せっていたお母さんじゃ
ないのかなということ。
残していってしまってごめんねという気持ち。

母方の父が息を引き取ったとき、母は泣いてなかった、気がする。
親戚一同、「大往生だったね」そんな言葉で、何か穏やかな空気に
包まれていた。

それが理想的なのではないか。
今はまだ、これ以上身内を亡くす喪失感に耐え切れそうもない。

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