「真夜中のサイクリング」

(2012年の日記です。ヤプログから移行)

 

今日はひどい一日だった。

助けてあげたい人を助けられないとわかった絶望。

「人は変えられない」
昨日学んだばかりだし昨日以前にも学んでわかってたつもりだったけど
誰よりも人を変えようとしていた。
救いたいんだと燃えていたその動機は
何よりも自分のためだった。
結局、爆弾を抱える日々から逃げ出したかったのは自分で
相手を救いたいんじゃなくて
自分の悩みを消し去りたかったんだと。
救う手だてもなんもわからない目の前の悩める相手。
ばかげたループに陥った相手を
突き飛ばして、張り手して、包丁でもつきつけて
それで目を覚ましてほしいなんて凶暴な感情も浮かぶ。

身内はメンタルを崩していて
高齢の母と私は、爆弾を抱えた。

それでも私は職場に行けば明るく楽しく
そして母は趣味のコーラスで高らかに歌い
まだ気を紛らわせられてる精神の健全さに互いにほっとする。

終電での帰り道は少し泣きたくなったけど
うちに着けばほっとして、お風呂に入れば、あれだ・・・
ゴキ出没・・・
でかいやつ

岡村ちゃん、助けてくれー

助けてもらえるはずもないのに恋しくて恋しくて・・・

だけどプチ奇跡。
数日前に注文してた「真夜中のサイクリング」が届いてたのだ。

・・・・・・

涙がにじんだぞ、ばかやろー。

恋愛のことなんて、もうどれくらい考えてないだろう。
なのに
「ジャンパーの袖にしがみつけよ」「命懸けの恋が世の中を救うよ」
なんて・・・・
今なら自転車こぐ岡村ちゃんの背中でわんわん泣ける。泣きたい。
5連速式の軽快さで走ってくれーーー

「自ら脇役に志願してるようなもんじゃん」「知らない間に」
うんうん、そうだったみたい。
脇役はね、もう嫌なんだ・・・

って、この曲、カウンセリング効果もあるのだろうか。。

岡村ちゃんはね、何で悩んでたのかな。

苦しい苦しいこの人生、そのさなかに書いた曲なんじゃないかと思えてくる。
いつでも必死で苦しく、悶えて、
その感情がホログラムのように曲からあふれてるのじゃなかろうか。

この曲のこと書いてるブログをいくつか見てみた。
どれもすばらしいものだった。
100人聴いて100人が称賛する曲ではないかもしれない。
でも何人かは、頭を抱えたくなるくらい切なさでやられるはずだ。
それぞれの苦しい苦しいこの人生
絞り出すように歌う岡村ちゃんと傷をなめ合うような心地で。

このジャケットがまた泣けるじゃないですか。

 

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