「希望の国」

園子温監督の「希望の国」を見てきました。

こんなにも命は尊い。
こんなにも生命力は美しい。
「なのに・・・」

これしか言葉が出てこない。

「悔しいよ・・・」

「いい男だ」

「一緒に生活しよう。…だから帰ろう。」

人間の営みや感情に触れると、確かに生きていると感じる。
と感じたセリフたちです。

この映画では何回かクライマックスシーンが訪れる。
クライマックスとわかっていても抗えないほど何度も心を揺さぶられた。
雪原の老夫婦の盆踊り。
感動したとか、それはもちろんそうなのだけど、心の無意識の領域が刺激されたような、遠い遠い昔の記憶を呼び起こさせるような。。
そんな感傷に何度も包まれた。

出てくる役者さんは、男性でも女性でも、年配の方でも、みんな色気を漂わせていた。
パートナーがいて、そこに欲求があって、そして生命や愛が生まれるという、特に描かれているわけではない4組の夫婦の歩みがあふれるように映ったからかもしれない。
伴侶ができたら、私とあなた、が「私たち」になるその心強さ。
私は私、そしてあなたは私。
だからこそ「私」を信じて、「私」を生きないと。。

私はいったい何を大事にしてきたかな、と思います。
誰よりも私を信じて生きてこれただろうか。

海、荒野、傾いた家屋、牛たち、お花や樹木に育った家・・・
物言わぬ風景こそ胸に迫ってくる。
それらすべてに命は通っていて、やっぱり命は誰にも奪う権利などないのだと胸を熱くした。
この国は簡単に死刑を言い渡すけど、広い広い大地まるごと命なきものにしてしまった重大な罪に対しては、誰も死刑執行の声を上げない。
罪を犯したものを抹殺してこの世にないものにしたところでどうしようもないことは、本当はみんな分かってる。
起こってしまったことに対して実はとても寛容で、手と手を取り合ってどうにかやっていきましょうよというスピリットが流れている国なのに、愛すべきその従順さや協調性が時に何かに取り入られ、国や親や子供を滅ぼす選択をしてしまいそうな、そんな危うさが恐い。
私たちはそんなにいろいろ考えなくても、多数派に従えばそれなりにうまくいく便利な社会にあまりにも慣れすぎた。

エンドロールのクレジット。
夏八木勲 と、役者の名前だけで心が震えたことはあっただろうか。
続いて 大谷直子 と出れば涙があふれそうになる。
絶対、園子温 のクレジットを見届けるまでは席を立ちたくなかった。
そしてそれは表示された。
鐘の音とともに。
警鐘・・・と私は受け取った。

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