「FAKE」

さっき見に行ってきました
森達也監督の最新作「FAKE」。

あの佐村河内守氏を撮ったドキュメンタリーと言える作品です。

森達也さんが佐村河内さんに関する映画を撮り始めていると知った時から、ずっと待ち望んでいた。
そして今月初めにやっと封切りされたわけだけど、これまでになく「前情報」を取り入れたくなかった。
とにかくどんな小さな情報でも、「私の印象」が影響されて歪められてしまう気がして。

だけど、嫌でも目に入ってくる。
「最後の12分間!」
とかって強調したのは誰なんだろう?
すごく腹立たしい。
森さん自身?それとも宣伝部かしら?
見てるこっちは「あと12分だ」なんて、時間のことなんて知りようもないし、でもなんか12分がすごいのか?って知っちゃったならば、「今ここからがラスト12分?」「えっ?あと何分で?」って計るような気持ちになっちゃう。
誰かにとっては「12分」なのだとしても、誰かにとっては「20分」かもしれない。
とにかくそんな前情報すらいらなかったのだ!
私は森さんがこの映画を撮ると決めた時から見ようと決心していたのだから!

というわけで、映画の内容をここには書かないつもりです。
いろんな「私の印象」のみ…。

13時台の回なのに、満員だったのです。
みんな仕事はどうしたの!?
客層は結構特殊。
あの人、著名文化人?
というくらい、特殊ないでたちの方が多かったです。
何人かのおじさんは園子温監督に見えました(笑)
私が「いるんじゃない?」って予想したような方たちは、もう既に試写されたらしく、パンフレットにずらり寄せられてた。
岡村ちゃんもコメント載ってた!

映画の感想としては、つくづく「男」というものがよくわからなくなった。
ということです。

男の弱さが、この国をダメにしてるんじゃないかって。
最後の望みは女の存在と、ひとつかみの寛容な人たち。

単純明快に見える男という存在。
でもわからない。ますますわかりません。

「そのまま見ればいいんだよ」

その「そのまま」がわからない。
目の前の男を「そのまま」見るということが。
それはものすごく勇気のいること。
目の前のあなたの率直な印象?
そのままの…。

バ・カ…?(目をごしごし)

だけどその裏に大いなる寛容と愛着を忍ばせられるのは、女しかいないように思える。
映画では佐村河内家の猫も、あるがままの中でのびのびしてたかな。

男という存在は、見てるだけで時に悲しく絶望的で、もうこの人生において決裂してもいいとうっすら思ったこともあった。
でも。

女がひとたび決めたなら、もう未来に向かって歩を進めるしかないんだという、死ぬまでに一度は男に対してそんな決心を抱きたいとも強く思いました。
それは昨日の麻央さんの報道にも揺さぶられたから。
「私はとっても前向きです」
そうなんです、女はいつだって…。

何かを成すという上昇志向エネルギーがだんだん薄れていった時代で濃くなるのは、人を落として自分が上に立った気になること。
男VS男では、ろくなものが生まれないのかもしれない。
どっちかが地に堕ちるしかない。
そこまでたたきのめす。
いや、男VS女でも、結局女が地に堕ちるようなことばっかりですね。
そんなに上に立ちたいって、弱さゆえなのかな。

女が世の中の「流れ」にやすやすと沿ってるように思うのは、寛容ゆえだからじゃないのかな。
「そうね、私もそう思う」
誰だって言ってほしい言葉。
「あなたがそっちに進むなら、一緒に従うわ」
それは惚れ込んだり屈してるからじゃなくって、「信じてる」ーそこからしか未来は生まれないんだと、女は知ってるからじゃないのかな。

森達也さんを初めて知ったのは、何年か前のNHK「新春TV放談」でコメントされるお姿。
1人だけ「違う」と感じたのでした。
穏やかな語り口の中に、誰も言わないような鋭さと重さがあって、一瞬にして惚れちゃったかしらと思うような釘付け感。
でも、翌年以降はもうこの番組に出なくなりました。

その後、森さんの本をいろいろ読みました。
死刑問題、オウム問題、メディアへの警鐘。
どれも森さんによって新たな視点がもたらされたのでした。

TVで流れてるものとは全然違う視点が本の中にはある。
どうしてTVで流れないのだろう。
最初は単純な疑問だったけど、だんだん「流れ」が私にも感じられるようになって。
あまりにも「一方向」すぎてるって。

でも最近の映画館やカルチャーにも「一方向感」を感じてます。
パンフレットに載るコメンテーターはいつも同じ分野の人。
いつからか映画館は、ある種の「センス」にカテゴライズされてって、みんなおしゃれTシャツ着てるような。
TVを見てても、ちょっとした文化人のチェックのシャツとのぞいたTシャツのおしゃれさに、何かマインドが操作されていくような…そこに無駄に抗ってみたりして。
カルチャーはカルチャーというカテゴリーの中で、急に「終了」してしまうような揮発性の高さを感じたりする。
「社会問題」「警鐘」の色が瞬時に薄くなるような。

多くの女性に見て欲しいと思う映画です。
女性ならではの感性で生まれたムーブメントは、カルチャーともちょっと違う気がする。
男性よりも女性がたくさん観た映画…になる気がしないのが悲しいけど、女性ならではの伝播力と感情で、この世界の何がどう動くかを、感じたいな…っていう夢を抱きます。

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