「別れのバレンタイン」2015

「高校教師」再放送のおかげで、本日もアクセス数が4桁突破です。

第6話「別れのバレンタイン」のことについては、書いてなかったのでしたね。
DVDで一気に見ちゃうと、あの回はどうも羽村先生のダメさは際立つわ、いきなり派手な装いの若林志穂さんが登場するわ、日向女子高の教師の下劣さが露呈するわで、あの頃の自分は、「谷間感」のはなはだしさに、ただ通り過ぎることしかできなかった。。

…いよいよ調子に乗ってます。

第5話「衝撃の一夜」の余韻は、改めて録画して見ても相当なものでした。
その余韻をいつまでも味わっていたかった。
今日も、第6話を見るのを楽しみに帰宅したのです。
これまでもう何べんも見たというのに。

鎌倉から朝帰りして、そのあと互いに帰宅して学校に遅刻しながらも出勤・登校した隆夫と繭のシーンには早速うっとりさせられました。
その余韻がまた嬉しい。

だけど、早々にその余韻はぶち壊されるのです。
教育実習生・若林志穂!
ってか田辺里佳の登場で!

若林志穂さんのあのソバージュ!
やらしい笑顔に、怖いもの知らずな積極性!
女子大生というだけでもてはやされた時代の流れに沿ってるとも言えますがね。

しかし、ちょいっちょいその田辺里佳がインサートしてくるんですわ!
繭と羽村先生の生物室でのランチタイムにも。
持田真樹ちゃんが繭のことで羽村先生のもと訪れたときも。
職員室でほかの教員から、繭と外泊したらしいと白い目で見られてるときや。
赤井英和さんが、繭と羽村先生の関係にブチ切れて殴り合いの喧嘩してるときも!

そして、周りに誰もいなくなってしまった羽村先生の隣ですかさず口元の血を拭ってあげる里佳!
ラブホみたいな色味の噴水の前で。
青みがかった口紅ギラつかせて…。

この女の香水がまるで伝わってくるような嫌悪感は、みずから敗北引き寄せてしまいそうな警戒感でもあって、ポエムでもなく本当にあの頃の私は、6話をさらっと通過するにとどめたのですね。

だけども嬉しい鎌倉の余韻は、
おそろいの大仏キーホルダーであったり。
何度も隆夫の脳内でリフレインされる繭のやけどの痕への口づけであったり。
止まったり動いたりを繰り返す腕時計を見つめれば、
「壊れちゃったみたい…」って泥だらけではにかむ繭と、そのとき感じた強烈な愛おしさが思い出されたり。

どんどん周りからの目線が白いものに変わっていっても、鎌倉の余韻と繭への恋慕でエナジー補給してた隆夫だったけど、赤井さんから殴られたことと、「お前のエゴ」「二宮は退学やぞ」と言われたことで、貫けそうだった想いは、もろくも崩れていった隆夫よ…。
2月14日も終わりそうな時間まで、雪の中コートも羽織らずに先生を待ってた繭に向かって、「面倒なのはもう嫌だよ」なんて言っちゃうなんて、アホですか。

でも、大抵はみんなこうなんじゃないかね。
ってことを、また野島さんは浮き彫りにするからさ…。

相手を守るとかよりまず自分の保身。
私はまだそういう選択しかできないかもしれないな。

自分を守るより相手。
でも、それが正しいのかどうかはわかりません。
一見美しいものに人は涙するけど、
「ごめんね。私は生きるよ」
「いつかどこかでまた会おう」
結局は、そうやって自分一人で歩む方向を決めるしかないのだと思った昨日と今日。

誰かと人生を、人生の最後まで歩み同じくして添い遂げることは、確かにあの時代の理想の愛の形だったのかもしれない。
だけどたぶん、あの頃だってそんなことは叶わないとみんな知っていたから、それが美しい理想でもあるわけで。

そうですね。
時代は3.11で確実に変わった。
誰かがいつでも確かな愛を求めてさまよっているムードは、そんなに変わりがないようにも思えるけど、さまよい続ける果てしなさの中に、誰もが「限り」を意識してから何かが変わったんだな、きっと。
だけどこの国は極端だから、さまよい続ける自由を「まともじゃない」ってすぐ斬って、斬ってほっといてくれりゃいいものを、「確かさ、確かさ!」って妙なスピードで似たような方向に押し流そうとしてくる。
遅々としてる現実と、あまりにも早すぎる思考と流行りと。

あれ・・高校教師はどこへやら…。
でも、昨日アップした記事に、あんなに恐ろしかった3.11のことを一言も書かなかった自分の思考の移り変わりの早さのこと、反省込めて書いておきたいと思ったのでした。

思考が早いのだけは、もうやめて。
思考だけが早まるのは、もうここらにして。
危ないし、つまらないし、あまりにもセンスがなくて愛もない。
そういうものばっかり乱立しては消え、本当はそんなにすぐ変わることなんてできない核の部分が、時々暴発して多くの人が傷ついたりする。
恋心もちょっとみたいなふりして、からかわれたのもお笑いみたいにネタにして、軽くなでられたみたいなソフトタッチは何かの拍子に侮辱されたと燃え広がる…。
…なんて光景は、デジャヴみたいに何度も見てきた気がします。

美談は美談としか許さない価値観や、悪は自分と少しの接点もないような排除のスピード感が、あの日からいやに強まっているように思えてしょうがないなぁというモヤモヤは、長いこと言葉にもできなかったんだけど、「高校教師」ってのは私のどこかのポイントを、もれなく刺激してくるようです。
いろんな不満や満足浮き彫りにしちゃうんだから。
あの物語を見ている間の幸福感が、かな。

幸福感とも言えなさそうな京本さんの完璧異常な表情や、峰岸徹さんの不意に大声出す絶妙なタイミングとか、あと赤井英和さんのさすがな関西ツッコミね。
楽しすぎる!!
やっぱ幸福ですかね、役者さんの完璧なお芝居に浸れるというのは。
真田さんがコンビニのエリーゼ見てはにかむシーンに、アホらし…と思いながらも悶えてる自分。
桜井さんの低くて甘い電話の声を、真似してみたりする自分もやっぱアホで…。

なんでこんなに好きなんかなぁ。
私はあそこに何を見てるのだろう。
真田さんみたいな人が好き、ってんじゃなくて、真田さんと出会いたい。
繭みたいになりたい、ってんでもなくて、繭になりたい。
大人になりきれない自分を癒やすには、あの物語にどっぷり浸かってふやけて、おやすみなさい。


谷間だなんてすいません。
こんな名シーンもあったのでした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。