未婚時代

鑑定で、「私は○○できる/できない運命ですか?」というお問い合わせは多いです。
お仕事や運命的な縁のこと。

私は鑑定で「できる/できない」を見ることはできないのです。
「できますよ」ならまだしも、「できませんね」と言うべきじゃないとも思っているのですね。
誰かの運命の断定は、可能性の限定になるんじゃないか。これはいつも思うことです。
でも断定・限定してほしい気持ちはよくわかる。
そこを見てほしいんだと、私も鑑定を受けに行ったことはありました。
でもその結果がすべてじゃないぜ…と、なぜか言い聞かせて帰ってきたりして。

私は去年の秋に霊視的な占いに行き、とても興味を抱く方向性について「向いてませんね」とはっきり言われたわけですが。
あのときは諦めついた心地になったものの、「好き」という私の嗜好は消え去ることはなかった。
だから結局、とある方面の勉強を始めてしまいました。
今思うと、「だめと言われて余計燃え上がる」というシナリオこそ私らしいなと思ったりして。
あの占い師は、「いだてん」の薬師丸ひろ子さんじゃないけれど、「現実と必ず逆になる予想を言う」という私の人生のキーマンじゃないかなと今じゃ楽観視。
別にいいのです。「向いてなかった」と数年後に思ったとしても、私が決めたのならそれでよいはずです。

でも「良いこと・嬉しいこと」が連なる占いもあんま好きじゃないかな。
季節の占いの「結婚のチャンス到来!」とか「12年に1度の幸運期!」とか。
12月になってもまだ期待して、クリスマスにやっと「1年何もなかった」と我に返り、年初の記事を思い出してムカムカする。
そんな年末をどれほど経験したでしょう。
そして「行動しなかった私が悪いんだな…」と、いじましく自己反省しながらお正月に新しい目標を立てる。健気!
そんな無念さが、私を占いの勉強へ走らせたとも言えます。
「可能性」というのは本当に無限にあって、私は私がイメージしたものしか伝えられないので、もどかしさは毎度あります。

 

結婚できるかどうか。
これはホロスコープを眺めても本当にわかりません。
未婚である人の、「ゆえんかもしれない」ということを見出せたとしても、一生未婚であるかまでは私はわからないのです。
母親になる運命のこともしかりです。
自分が産んでない子の母親になるかもしれないし。
夫にしても子どもにしても、「誰か」という相手がいてこそ浮き上がる星回りというのもあるのですよ。

あと仕事の適性も難しいです。適性あるかどうか。
「やりたい」という気持ちは何よりも大事と思うし、その衝動こそ意味があると思うのだし。
でも「向いてないですよね」というほのかな諦めの、さらに背中を押してほしいというお気持ちもよくよくわかります。

しかし結婚というのは、かなりコントロールの難しいことの一つですね。
仕事や勉強ならある程度努力を積み重ねれば成果は出ますが、結婚というのは相手があることだからか「これをやったらできました!」というスムーズさがなかなか感じられない。
「いかにも!」な女子をとことん演じれば、「いかにも!」が好きな男性が引き寄せられるのかもしれません。
でもなんとなく、そのあたりは「凪のお暇」で苦しさが描かれてるようにも思う。
たとえ引き寄せても、私が本当の私じゃなきゃ意味ないというような。
あの唐田えりかさんみたいな風貌を徹底したらモテそうですけれど。
でも虚しさを抱える唐田えりか風も多い気がしますね。
今、どんな時代ですかね…。

パートナーとの関係性に悩みが尽きない方は、対人運に何かが表れてることもありますが、未婚の方はホロスコープでもゆえんがわかりにくいです。
家族関係で形成された何かを見つめるところにアプローチしてみると、何か気づくことはあるかもしれません。
例えば弟や兄のいる女性は、そのきょうだい関係が男性観に影響を与えてたりとか。
父親も男性観に大いに影響しそうですが、でも幼いときに全身でぶつかり合う男兄弟のほうが、もしかしたら暴力性や支配性のあたりをダイレクトに受け取っていたのかも…と自覚されるあれこれ。
また、私は30代までは母こそが肯定すべき人で、父こそ否定すべきという二極でした。
それはちっともおかしいことじゃないと思っていたのに、とある勉強会に行ってからこの価値観がひっくり返った。

昔の神話や童話は、継母やおばあさんはよく出てくるけど、実の母娘の物語って意外と少ないかもしれないです。
母親がすぐ死んだり引き離されたり、冒険へ向かわせられたりしがち。
それは「大人になるための母親の否定」というメッセージが太古からあるように思えるけど、どうでしょうね。
これもとあるところで勉強した一つではあります。
その勉強をしてるころ、ちょうど「あまちゃん」が放送されてたときですが、あのドラマがよくできてると思うのは、娘・母・ばっぱの3世代の、まず母を否定するとこから始まる物語。
猛烈な否定のあとの願望達成や強固な結びつき。
「自分は母のようにはならない」という強い感情は、娘の成長には欠かせないように思うのですが、今はむしろ母親の要望(レール)に沿うという女性が多いですかね。

あと「正しい」という姿勢を誰しも目指そうとするけれど、親が正しすぎて親を乗り越えられない、親の理想に添えないという苦しみを抱く人も多いです。(ここは未婚関係ないかも)
例えば、親の歩んだ高学歴コースは本当に人間として正しいだろうか?その問いを抱く時点で成長は始まっているというのが昭和のドラマだったなら、今は親がモデル、になるのかな。
それが優しさのモデルならいいだろうけど、正しさのモデル。標準というモデル。

この間の新聞で「寅さんは今の時代じゃ作れなかったかも」という記事を目にした。
寅さんはいわゆる正しさの真逆の人だから。
それがいいってのに、「ああいう大人になっちゃダメだよ」という助言がシャレにならなくなっている。
あの映画では、後藤久美子さん演じる泉ちゃんも猛烈に母を嫌ってて、そんで自分は母を超えてしまったかも…と泉ちゃんが感じたときが和解の時、満男とも別れて女としてさらなる高みを目指す泉ちゃんだった。
昔はそういう母娘の対立が描かれるドラマが多かったように思います。
それがあのころの家庭の風景だったのでしょうね。

 

いろいろ見つめたところで、でもパートナー率低下は時代の流れが引き起こす現象に過ぎないはずで。
今その現象の始まりの時期、「だから私はだめなんだ」とどうしても思わされる。
もっと時代が進めばなんてこともなくなるかもしれない。
世の中が中性的になってるとも感じる。
男女同権が進むのはきっといいことだろうけど、昔と流れが変わる過程の只中を生きる世代。

説教くさくなってしまいました。
こういう話を誰かとしたくても、それが叶わない寂しさを抱える人はとても多いように思う。
行きつけの居酒屋があるおひとりさま女性なんて、一体どれだけいるんだろう。
それすら一昔前のドラマをなぞってる気がしてこっぱずかしく、なかなかできることではない。
私たちのモデル未婚女性・深津絵里さんはですね、少し前なら行きつけのバーでクダ巻いて妻夫木くんみたいな年下に介抱されてたかもしれませんが、今じゃマイカーでサンドイッチ作って回ってる…そうやってヘルシーに自立できたらいいですね…。
リリーさんと「枯れ」を楽しむ夫婦とどっちがいいだろう?
その選択を楽しめるような世代とも言える。
深っちゃんはいつでもアラフォーの理想です。

 

“未婚時代” への 2 件のフィードバック

  1. >昔の神話や童話は、継母やおばあさんはよく出てくるけど、実の母娘の物語って意外と少ないかもしれないです。

    グリム童話の灰かぶり姫(シンデレラの原型となった物語)では、主人公の女の子と継母という関係性ではなく実の母娘だったそうです
    つまり、実の母が実の娘を召使いのように虐げていた。

    西洋の神話では父と息子を軸にしたお話ーー息子が絶対的な権威や強さを持つ父との対峙や父を乗り越えるために試練を受ける、旅に出るみたいなストーリーは結構見たことがあるような気がします。
    間違っていたらすみません。

    それに対して母と娘の関係性に主軸を置いたものはあまり記憶にないかも…。
    ギリシャ神話だとデメテルとペルセポネがメジャーかな?

    多くの宗教(たとえば一神教のユダヤ教やキリスト教など)、また、西洋での最高位の神は父なる神。絶対的な存在で厳格な父の影響が非常に強い(父性)。
    西洋の神話はそうした宗教観も大いに影響しているのかもしれません。

    それに対して東洋ーー日本の古来の最高神は天照大神なので女性(母性)。
    中国は女媧なのでこちらも女性(母性)の立場がなかなかに強い。※どちらも諸説ありますが

    そうだと仮定すると、日本では父より母の影響ーー自立を促すため厳しく躾けたり教育するよりは慈しむように育て、子どもが安全な場で長く生きられるように手元に置きたがる、というようなもの重視する面が強いのかもしれません。

    昔の日本は母系社会の時代も長くありましたし、母子の結びつきはかなり強いものだったと思います。現代も割合そうかもしれませんね。

    話は変わって。
    最近では実母(ネグレストや過干渉などの毒親系)との関係に悩む娘さんの立場に向けて書かれた本も多数出版されている気がします。
    昔の漫画だと「イグアナの娘」など。

    ◆イグアナの娘◆
    醜形恐怖症と親子の確執を題材に、娘を愛することができない母親と母から愛されない娘、両者の苦悩をファンタジーの要素を織り込んで描いた。

    1. 海坊主さん

      コメントありがとうございます。
      シンデレラの原型では継母ではなく実母でしたか!
      昔の物語は宗教観も大いに反映されてたでしょうね。
      親子の結びつきは昔も今も深くて当然ですね。
      結びつきという表現のところちょっと書き直すかもしれません。
      「イグアナの娘」!過干渉や共依存の母娘を描いた物語、ドラマ化もされたりして目にするようになりましたね。
      参考になります。

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