木星ビーム

木星という星が蟹座に入ってるということを何回か書いてるわけですが。

木星は、入った場所の性質を照らし出すような惑星。
「蟹座的」なムードが世の中に漂ったり、蟹座的なもの・人が見つめなおされたり、また「結婚」などの目立った話題がもたらされたりとか。

ブラマヨの吉田さんは蟹座で、ご結婚発表されて、木星らしい話題だなと思ったりする。

他にも太陽星座蟹座で結婚された・発表された人→
松浦亜弥さん、藤井リナさん、鈴木奈々さん、イ・ビョンホンさん。
そして「あまちゃん」のヒロイン能年玲奈さんも蟹座で、木星らしいブレイクの仕方。

 

蟹座的なものとは・・・
家族とか母性とかローカルとか仲間とか。

この間、NHKで放送されていた美輪明宏さん特集見ました。

美輪さんが語られることはすべて「愛」。
母親の愛、男女の愛、人類の愛。
美輪さんは蟹座に金星、冥王星、
そして冥王星にはドラゴンテイルがぴったりくっついてる。
美輪さんのそこはかとない「母性」オーラが、
TVからものすごく感じられたのです。

「ヨイトマケの唄」を作られた背景について
美輪さんが話されていたこと。
小学校の父兄参観日に、お友達のうちからはお母さんが来られていて、
そのお母さんは、鼻水たらした自分の息子の鼻水をじゅっと吸い取って、
それを窓の外にペッと吐き捨てて。
その光景は、教室全体を母性への感動でいっぱいにしたとのことでした。

それは、まさに冥王星とドラゴンテイルの合の世界に思えるのです。
ダークなものもすべて吸い取って
包み込む、究極の母性愛。

一緒に出られていた黒柳徹子さんも冥王星が蟹座に入っていたし、同性代の私の父母も冥王星が蟹座。
私の母は空襲などの直接の戦争体験はないけども、戦争は絶対に絶対に、
もう選択してはならないのだといつでも強く訴える。
この世代の方はみんな、そんな愛を引き裂くような選択を二度とすべきではないと、切に警鐘を鳴らしてくれる。

番組を見ていて、
美輪さんは特に芸能・芸術のちからで
愛を私たちに伝道するためにお生まれになられたのだろうなと思いました。
あなたは愛を人々に伝えられるだけのお方です。
そんなふうに神からお役目を与えられ、並々ならぬ覚悟と感謝でもって
そのお役目を承られた方。

いろんな本を読んだり学びに行ったりすると、
最近とみに「愛」がなんだかんだ一番大切なんだというメッセージがすごく飛び込んでくるけど、
そうなのよね…と思うそばから、
何が得するとか損するとか、面倒だとか楽したいとか、自分・自分とか、そんなことばっか考えてんな・・と、私はいつか「愛」を知ることができるのだろうかと遠い目をしてしまう。

 

美輪さんの自宅でお話を聞くのは宮沢りえさん。
りえさんも、美輪さんの唱える「愛」に少し困難そうな表情を浮かべた。
「愛を知らずに亡くなっていく方も…」
「いるでしょうね」
「本当の愛を知ってらっしゃる方は、世の中にどのくらいいるんでしょうね」
りえさんの率直な愛への嘆息が、なぜだか私をほっとさせる。

「ヨイトマケの唄」は、母の愛の歌。
「あまちゃん」も母娘の愛がクローズアップされた物語。
それは北三陸への地元愛が存分に詰まった。
「八重の桜」は会津というローカル・故郷に命を捧げた歴史の物語。

藤圭子さんも、太陽星座が蟹座でした。
太陽だけじゃない。
月も水星も火星も天王星も。
蟹座マジョリティの方。
数年前にみずからTV局を訪れて語られていたお話は、はっとさせられるものでした。

「音楽は心でしょ?」

音程が外れていても機械で調整できる昨今の技術に、警鐘を鳴らされたような独白。

「正しいこと」って、なんなのだろう。
誰が決めるのかな。
自分は絶対正しいという信念を持っていたって、この世界での生きにくさを感じたらその信念を貫く勇気なんて、どれだけの人が持ち続けられるのだろう。

「普通そんなことしないよ」
「普通の人はそんなことしないんだよ」
「もう、やばいね」

こんなふうに思われたり忠告されたりすること、一生体験しない人のほうが多数かな。
どんどん多数になってってんじゃないのかな。
私が星座の話をするとき、相手の目に
「やばいかもね」を感じたりする。
私が前世の話をするとき、身内からすら
「無視」される。
「ねぇ、なんでそんなことに興味持ったの?」

もし私に何かでふさぎこんでしまう日々がきたとしたら
「やっぱね」とか思われるのかな。
自分だって「普通」という高みに立って
「なんか違う」対象を「やばいやばい」と騒ぎ立てることがある。

もし、もう一度小学校に舞い戻ったら、
「普通」からチラリはみ出す何かを見つけられて、いじめられたりするのかもしれない。
いや、母の高齢出産で生まれた私は、みんなの両親と世代が違うゆえの
「なんか違う」がチラリ出ていたみたいで、やはり小学生の残酷さを突きつけられたことは幾度かあった。
クラスの人気者は、いつでも実に中庸で普通に優しくて、勉強も運動も、人にコンプレックスを与えないレベルの中庸さ。
おもしろいことを言うわけでもなく、好きな人を必死で追いかけるわけでもなく、そんな人が羨ましかった私。
しかし、その人気者は中学に上がるとモテ出して、男好きの面が開花すると、一気に女子からの嫌われ者になったりして、その嫌われ具合に男どもも怖気づいて孤独になり、やさぐれてヤンキーの仲間入りになったりする女子を見て、やっぱり普通でいいやと思う私。

高校の時、大学受験に取り組んでた私は「ドーハの悲劇」でクラス中が打ちひしがれた日にも、ムードに負けず休み時間も勉強をしていたら、なんか男子に嫌味を言われて、後々も「あのときマジでムカついた」なんて言われたりして、波に乗らずに自己追求すると嫌われるのだなと学んだりもした私。
そして今・・・

私が興味あることは、
「普通でないから引いてしまう」と思われそうなものばかり。
こんなふうに感じてること自体、
好きな対象に対して申し訳なく感じるのだけど、でもこうやって
「そうなんです、こういうのばっか好きなんです」なんて、自分から先に「落とす」ことを言う弱さ。
「普通」を存分に意識しながら、
普通じゃないものに憧れつづける。
「普通じゃないのにかっこいい」
なんてラインを探すのは、もうやめにしたい。
私は私で私を愛すと堂々とすることが、なぜこんなに難しいのかなあ。

美輪さんは、人のことを羨ましいと思ったことはないと言う。
人はみんな違う。
人はみんな違うものを抱えてる。
どの人もみんな完成形。

この世に生まれて生きているだけで、神に選ばれたようなもの。
どの人にも使命がある。
こんなことが、やはりあちこちから入ってくる。
目に・耳にする機会はたくさんあったのに、
美輪さん通じて聞くと、ずーんと浸透してくるから不思議です。

「美輪」という芸名は、あるとき美輪さんの中に「降りてきた」そうで。
画数を調べたら完全無欠のものだったので、それを名前にすることを決めたそうです。
美輪という苗字とお名前を合わせてこその完全無欠ということでしょうが、
美輪さんの苗字と私のフルネームと同じ画数!
俄然ワクワクしてきた。
人を羨ましいとか、人に対して恥ずかしいとか、
いいじゃない、そんなの。
完成してるんだから。by美輪
お、おー・・・うむ。

「八重の桜」の八重は、昨日までの回ではイエス様の言う「敵を愛しなさい」ということの意味が理解できない様子だったけど、きっとこのあとその思想に魅せられ、人々にそれを唱える立場になるはず。
今は受け止めることが難しくても、必然のようにそれを受け止めるべく変容する過程が誰にでもあるはずで、今そのチャンスが来てるのかもしれない。
木星は私に、偉大なる母のような愛のメッセージビームを送ってくれてるように、感じたりしてるわけです。

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