1月の本・まついさんの本

1月はすごく本に揺さぶられたひとつきでした。

・「大家さんと僕これから」矢部太郎
・「しらふで生きる」「浄土」町田康
・「今夜すべてのバーで」中島らも
・「笑う出産」「愛はめんどくさい」まついなつき

なんといってもまついさんです。
まついなつきさんが亡くなられたというお知らせはショックでした。
鑑定も講座も受けたことなかった。
それはなんでだろう…って、ずっと考えてました。
中野トナカイや阿佐ヶ谷トナカイに何度も行ったのに、まついさんとついぞ言葉を交わさなかった運命って一体なんだろうと。
少し落ち込んでしまうほど。

トナカイでお見かけしたことは何度かあります。
講座の合間に1階に降りてトイレ借りる時とか、ぱちっと大きな目がこちらに向いた記憶…。
そのたびに「今度はまついさんの鑑定を…」と思ったし、今年もちらっと思った。
すぐ枠が埋まっちゃうんだろうなと諦め気味だったり、「自分はトナカイのメンバーにはきっとなれない」というひそかなコンプレックスみたいのもあって、なんか怖かったのかも。
まついさんに自分のやってることの浅さみたいのを指摘されたら、もうダメだ…となりそうで。
でもそんなことを言う方じゃないはずとは思います。

それでショックのあまり、まついさんの本を3冊一気に買ってしまった。
まついさんはもともと漫画家であり、エッセイもいくつも出されてます。
「笑う出産」がまついさんのベストセラー代表作なのですね。
「愛はめんどくさい」はAmazonの書評では辛辣なものもありました。
というのも、「笑う」の幸福感とは真逆の、結婚・育児生活・嫁姑関係のダークサイドがつまびらかにされている本なのです。
あとがきでは離婚も報告されています。

 
が!!!
これは困った。とても困る本です。

というのは、1ページごとに写メ撮りたい!と思うほどに名文のオンパレード!!
たまらず本片手、スマホ片手に無音シャッターを電車内で切ったりして。
…と私は興奮のままに読んでしまったのですけどね。
辛辣な書評なんてクソくらえです。
ワイドショーのコメンテーターなんて全員取っ払って、この本を字引きのようにして文章引用すればいいじゃんか?なんて思ってしまうほどに。
まついさんはそんなの嫌でしょうけれど…。

オーケンとまついさんが友達らしいというのが驚きました。
思えば中野ブロードウェイという場所も、オーケンと結びつくのです(関係ないかもですが)。
まついさんの文章は、そのオーケンとさくらももこさんから漂うものとどこか似ています。
が、このお二人以上にまついさんの言葉はいちいちビシバシッッと胸に入ってくる。

まついさんの本を読んで、いろんなことがウワ〜っとなった。
まついさんが「おしゅーとめさん」に感じた「先回りされることの嫌悪感」は、私がとある人に抱く感情と同じじゃん!と、自分を責めてた長い時間を肯定してもいい気がした。
(同じ!というのは私の勝手な寄せで、まついさんの嫌悪感は出産直後の特別な心理状態…なのですけど、それでも楽になった)
7年前くらいに心ズタボロになりつつ厳しい女性講師から学んだあれこれは、まついさんのこの本に明るく丁寧に書いてあったこととほぼ通じることなのに、えらい遠回り・むやみに傷負っちゃった気がしたりとか。
それでも同じところにたどり着いたような嬉しさ込み上げたりとかね。
そう、図々しいことに、「同じだ…」と思うことの数々。
でも誰しも「好き!」とか思うのは、「自分と同じ!」と感じるとこがあるからじゃないのかなと思うわけです…。
結婚も出産もしてない私だけど、この時代を生きる人ならきっと誰でも思いつめてた気持ちが楽になる。
それに書評で目立ってたおしゅーとめさんや旦那さんへの愚痴ばかりでは決してない。
ネガティブに捉えちゃうあらゆることを、まついさんはいろんな視点に立って「わかろう」とする。
わかってなかった自分を戒める。

これまでまついさんの本は占星術に関するものにしか触れてこなかったですが、思えばサターンリターンの乗り切り方とか、これから読むのを楽しみにしてる3冊目「どうすればほめてもらえるの?」にしても、「この時代の私たちの生きづらさ、なんとかしよう!」と立ち上がってくれたような本ばかりです。
まついさんはとりわけ「自立」の大切さを繰り返し書いている。
親からの自立。親としての子からの自立。
夫からの自立。妻や母という一般的な理想論からの自立。
私がなぜ占いをやっているかというのも、恥ずかしながらやはり「生きづらさ」はなんとかならないものかね…やっぱ自立かね…と、自分のことを考えるついでに誰かにも当てはまるような何かを見出していければ…という思いもあったりするわけですが、いや、それにしても私はまついさんに鑑定してもらっていたならば、なんの相談をしていたかなと叶わぬ想像をしてみたりする。

数年前の私なら、相談するにしても何も固まっていなかった。
ただ誰かに導いて欲しいだけ。
漠然としたことしか明かせないくせに、何かヒントをもぎ取りたい心。
それを見透かされるのが怖くて鑑定に伺えなかったというのもひとつです。

どうも感情的になってしまう…また書き直すかもしれないかな。

 

 

「大家さんと僕これから」は号泣しました。
これは大家さんが亡くなられてから矢部さんがペンをとった本。
だからこそ一層メルヘンチックで、そのメルヘンの中で大家さんは戦時中のことを語り、矢部さんは耳を傾ける。
それがたまりません。落涙…
ひとり暮らしの大家さんは矢部さんと出会った。
大家さんにとって矢部さんは歴代借主の1人かもしれない。
そんな大家さんのツレなさもまたいいのですが、そんな描き方は矢部さんの謙遜なのかもしれません。

 

 

町田康さんの本にも畏れ多いことながら「同じだ」と感じられる部分があるのです。
旅行にさほど肯定的じゃないとことか(笑)
むしろ否定的かも。
ものを持ちたい持ちたいと、かつ上昇していきたいというムードからの積極的な離脱感。
町田さんの文章に触れたなら、こちらもあれこれ知るか!なんて強気な爽快感もみなぎってきて、まついさんもそうだけど、誰かを傷つけるかもしれないとかちゃんとしようとか、誰のためかわからないことで自分を縛るのはもうやめにして率直に素朴に生きていこうと、心を決められた気がして楽になる。
たとえ幻想だとしても、「この文に触れた」というその事実とか「ただ生きていく」ことに邁進していけるような気持ちになれた。それは「救い」って言うんじゃないでしょうかね…。
「しらふで生きる」もなぜか写メしたくなる名文満載です。

そして中島らもさん。
2冊目はまだ読んでないですが、この「今夜すべてのバーで」はもうすばらしい。
こんな小説はちょっとないんじゃないでしょうか。
なんてかっこいい。なんて涙がにじむ。
ラスト、ぶわーっと。なんてなんて言葉を情景を紡ぎ出したんだ!と、男前の本です。
しかしイケメンの本ではない。
ダメさにずーっと覆われた男の弱さの本。
アルコールに弱い男。ボロボロでも吐いても退院間近でも。
ただその弱さを自分でえぐり出したその気概が男前。
役者をあてるなら誰だろう?なんてしばらく考えてました。
今なら柄本佑さんなのかなぁ。
やっぱり松田優作さんかなぁとも思うのです。もうかなわないことですが。
賀来賢人さんだとまだ若いし、柳楽優弥さんだと体つきがちょっと健康的。
瑛太さんや西島秀俊さんだと男前すぎる。
赤河医師は誰だろう。香川照之さん…よりもっとガタイのいい人がいいのかも。
内野聖陽さんだと男前すぎるか…鈴木亮平さんとかいいかもしれないけれど。
そうすると、さやかは榮倉奈々さんがよさそうな。
…ダメだ、テセウスの船に引っ張られてる。
私は想像力がまだ足りない。

本屋で何度か立ち読みするたび「買っちゃおうかな〜」と気になってるのが、ナイツ塙さんの「言い訳ー関東芸人はなぜM-1で勝てないのか」
M-1のことについてたっぷりと。
2月の本になりそうです。

 

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