友達と映画

昨日見た映画はこれ。
ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)

自分ではたどり着かなかったであろう映画です。
友達が薦めてくれた。
1995年の作品。主役はイーサン・ホーク、脚本にもかかわっているそうです。
女性のジュリー・デルピーは全く知らない方でしたが、最初から最後までとにかく魅力的でした。


(U-NEXTより)

外国人の男女の距離感を描いたたった半日の物語。
ヨーロッパの長距離列車旅行をしていたアメリカ人のイーサン・ホーク(ジェシー)と、フランスに帰る途中のジュリー・デルビー(セリーヌ)。
ひょんなことから座席が隣になり食堂車で話が盛り上がって、「僕と一緒にウィーンで列車を降りない?」と誘うジェシー。
意外そうな顔をしながらも待ってたようなセリーヌが恋に落ちるのは想像に難くない感じ。

この2人がどうなっていくかについてさほど意外性はないのです。
お互いを知るためにずーっととりとめのない話をしてる。
これ脚本あるの?と思うほど話がいろんな方面に及んで、時にそれは深く、時に共感できるような幼い頃の思い出話。
それがなぜこんなドラマチックなんだろうかという感動がぽこぽこ低温沸騰みたいに続く映画でした。

 

昔々の友達のことを思い出した。それは高校卒業後の春休み。
女子4人でスキーへ。

そのうち「いかにも女子」な友人2人は蛍光ピンクのウェア、ふわふわ帽子付き、スラックスは白で、ナンパはまんまとその2人に集中する。
私だって新しい赤のアディダスウェアを手に入れて得意げだったんですよ…。
サングラスと帽子で顔のほぼ半分隠れているのに男ってのは、「どんなウェアを選ぶか?」でちゃんと女子を見抜くらしい。
ピンク女子2人は恋愛進展度もませた領域まで来ていた。

ナンパしてきたのは高校2年生でした。
私たち4人、彼らも4人。
男前2人がピンクを誘う。
それが本当に男前だった。男の1人の名は青山。名前も男前。
ピンクのどっちかが宿と部屋番号を彼らに教えてしまい、夜に彼らが宿に来るというハプニングというか期待どおりというか。

私の隣では内気な少年がただ膝を抱えてる。
仕方なく私の横にいるんでしょ!とみじめな気持ちにもなった。
男前2人はピンクの布団に入り込み、私ともう1人は頑として布団を開かない(あたりまえだ)
きゃっきゃしてた布団が急にモソッ…とした動きになった時、「帰ってくんないかな!?」と男たちに言ったのは私だったかもう1人だったか。

翌日もピンクと男前は浮かれてて、私はなぜか内気ボーイとリフトに乗る。
本当は彼の素朴さに好意を抱き始めてた。でも心を開けなかった。
彼は「愛知県の碧南ってとこから来た。海の方や」と、そのとき笑顔。それをいまだに覚えてます。
「どこから来たの?」「え、東京…」
って言ったのにしつこく食い下がられて実は埼玉でしたというのはスキー場あるあるです。

ピンクの1人(林百合子・仮名)と男前の青山が本当に恋に落ちたみたいになって、映画見てその別れがたさを思い出したんですよ。
「絶対また会おう」
そんな約束は叶わないことを知っている。
なぜなら百合子には彼氏がいるから。
それに女というのはスキーから戻れば現実しか見てない。
ところがある日、彼女の家に青山から電話があったという。

「埼玉の〇〇市から来た」ということを覚えてた彼らは、その後、〇〇市の電話帳を手に入れて「林」に片っ端に電話したという。
「お宅に百合子さんいませんか?」と。
そんで突き止めた林宅。
百合子は泣きながら私に電話してきて、「青山くんとつきあうかも…」と。
「ってか埼玉来ちゃうかも」
いいじゃん、青山いいじゃん〜って無責任にあおった気がする。

そんで青山が本当に来たかどうかは覚えてないけど、東京の音楽専門学校目指すと言ってたのは覚えてる。でも最後のほうはあまりにもしつこい青山を「もうキモい」と、今で言うならストーカーに怯える感じになってた百合子でした。
その青山からの電話口には、内気なボーイも出たという。
私のことを気にかけていたとかいなかったとか…忘れた…。
今思うと「誰も知らない」の柳楽くんみたいな感じ。
ドドメキとかなんかすごい名前だった、確か。

 

セリーヌは「男性にかしづくだけの女性になりたくない」という意思がはっきりしてて、とにかく見てて気持ちよかったです。
街の占い師にもフラフラした詩人にも偏見の目を向けない。
ところがジェシーはそういう人を茶化すんですよね。
男ってこういう浅さが露呈するときがある。それって世界共通なんだなぁと思った。
イケてるアメリカ人が大体パリピだとしたら、ジェシーはそんな自分をかなり自虐してたし、「自分の浅さを嫌われるんじゃないかと怖かった」という最後の吐露は正直すぎて悲しかったです。
「もし僕たちが結婚したとして、友達が大勢来ても自分は話を合わせることしかできない、それをごまかすためにお酒を大量に飲むだろう。そして君はそんな僕を見て失望するんだ。」

ジェシーの「やんちゃな自分っぽさ」みたいのがあふれるたびに、私は少しずつ幻滅した。
セリーヌもそういうときは率直に眉をひそめたり、喧嘩に発展したりする。
でも「あなたが大好き」

え??なんで??と思いましたよね。
最初こそ男前だったけど、だんだん薄っぺらいじゃん?と。
でもジェシーは、茶化すことがあったとしてもずっとセリーヌの話を真剣に聞いてた。
「聞くほどにもっと知りたくなる」という情熱にあふれてて、セリーヌにとってそんな男性は初めてだったんだと思う。

セリーヌだって理詰めで辛辣、こんな自分なんか…と本当は思ってる。
殺したいほど憎んだ元彼との破局後に精神不調でカウンセリングに行って、その殺意を正直に話したら医者にドン引きされた話にジェシーもちょっと引いてた(笑)
「あなたのことは殺さないわよ…」とセリーヌが言うほどにジェシーは「そりゃそうだ…」みたいに笑うけど、セリーヌも「やべぇこと正直に話しちゃったな…」ってそんな気まずさがうっすら漂ったりもして。
それでも離れなかったジェシー。私をずっと求めてくれた。

げんめつ〜を上回るほどの好き、それはなんだろうな。
私なんてのは一度の幻滅がすべてに感じられ、それでも交際を続けることは「自分をごまかす」につながる、そのごまかしが積み重なるのが怖かった。
今度こそこのあたりを克服しようと思うものの、なぜかますます自分をプロテクトする。
そんで目指すは自立なんだという意志がよりはっきりしてきて、それは間違ってないと思うけど、愛されとかいろんな両立のことは考えてしまう。
セリーヌのそんな姿に自分を重ねました。

 

最後の最後。
明日の朝にはジェシーは飛行機、セリーヌは列車に乗る目前というときに公園で。
やるんかい!やらないんかい!
・・やっぱりやるんかい!
と突っ込まざるを得ない2人のやりとりはやっぱりドラマチックでした。
あと「ヨーロッパ人はサービスが悪い」というセリフが2回も出て来たり、「フランス女と寝たって自慢するでしょ」とか、「どうせ俺はアメリカ人だ」とか。
あと「ドイツ語で話してくれ」とドイツ人は言うくせに英語しゃべれるんじゃんってとことか、欧米のあれこれがにじむ感じも興味深かった映画でした。

 

イーサン・ホークは太陽蠍座。蠍座マジョリティー。
月は水瓶で火星は天秤。
これはキムタクと一緒ですよ。
相手と一体化したいというエネルギーは猛烈だけど、それと同じくらい距離感も大事なのでしょうか。
ユマ・サーマンが元妻、そうでしたね。
ジュリー・デルピーは山羊座に限りなく近い射手座。
月は牡牛か双子。金星は射手、火星は魚。
セリーヌが話すことがとにかくすべて興味深かったです。哲学的というか。
「もし僕たちが結婚したら…」という話題をジェシーが出すたびにセリーヌは「アメリカとパリなんて無理よ」と突き放す。でも心は一緒にいたいんだけど…というとこを隠すようなさらけ出すような…なんの細工も複雑さもない(ように見える)この映画がなぜこんなに感動的なんだろうと、そういう映画でした。

 

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