37セカンズほか思うこと

私のP月魚座30度期間。
あともう少しで終わるものの、「なんでも知りたい」という勢いが強まっている。
これまで知らなかったこと・知らなきゃいけなかったこと・いろんなことの裏側・・カオス。

今日がまたちょうど太陽ー火星海王星スクエアなんですよね。
魚座というのは聖と俗、清濁の世界だなとつくづく思います。


N太陽は私のP火星とコンジャンクションでもあるから、刺激が痛みにも感じられるような今。

ついにNetflixにも加入したのです。
どうしても見たい作品があった。
・37セカンズ
・13thー憲法修正第13条ー
・全裸監督

37セカンズは、車椅子生活の女性の物語。
出生時に37秒間呼吸が止まってしまったことが原因で脳性麻痺となってしまった。

私はこの映画を見てしばらく怒りが収まらなかった。
映画はその表現が誇張されてるのだとしても、障害者が”特別”な存在になってしまってること、その段差、つまり障害者・健常者がフラットでない世界、この世はまだそんなだよ…ということがつらかった。

小学生の時、通学班が同じだった男の子は、学校に着くと特別学級に向かう。
昼休みには校庭のブランコでまた出会う。
特別学級でも特に活発な男の子がいつもブランコを独占してて、「ひどー」とかこっちもブーブー言うけど、それでも距離は感じてた。
それは大人になったらどんどん縮まるものと思ってたけど、映画見て「全然縮まってない!」どころかどうしてこんなに障害者・健常者の溝が深まる一方なんだろうと、心が沈んだまま映画を見てました。

危なっかしいながらも、主人公の・ユマは自力で変化に飛び込むんですよ。いくつもいくつも。
それが本当に希望だった。
漫画が得意なユマは、ゴーストライターなんてやめて自分の漫画を売り込みたいと、とある出版社に赴く。
そこの編集長が板谷由夏さんなのですが、また板谷さんという方はいつも一見ひどすぎる役で。
でも筋がすっと通ってる人だったとあとでそのかっこよさに気づく。そういう役が本当にお上手です。

このドラマは40代・50代の女性が輝いてました。
ユマの母親役は神野三鈴さん。
映画見た後でいろいろ読んで「やっぱり」と思ったのが、撮影の前に神野さんとユマ役の佳山明(かやまめい)さんが数日一緒に生活したと。
神野さんの全身全霊さがとにかく胸を打ちます。
ただ、ユマがいっとき母親から逃げるのもよくわかる。
けど!逃げたくなるほどの愛情のゆえんを知ると…もうたまらない。
神野さんが流す大粒の涙、あれは本当に本当にすごかったです。

あとなんたって渡辺真起子さんです。
ラブホテルのエレベーター前で1人佇むユマに、「あんた、どしたの?」って声をかける、その表情に涙がにじんでしまった。
私はおかしいかもしれない。ただの挨拶なのに。
でも、他の誰がユマを心から「どうしたの?」って思ってくれただろうって(母親以外)、その悲しさと、渡辺真起子さんの「見捨てないわよ」とでもいうような。
「乗ってく?駅まで送るわよ」とか、普通なんですよ。だって車椅子でここからこうして帰るって大変じゃない?って普通に考えたらわかる当たり前の親切心。
それは障害者だからという特別視ではなく、「だって大変じゃない?」という、そのフラットさ、その普通に泣けてくることにも悲しさがこみ上げた。

そんでまた車を運転してくれるのがトシくんというね。大東駿介さん。
大東さんの本来の良さがきっとすごい発揮されてる映画だと思う。
NHKの「路」も見てましたけど、あんまり好きになれなかったあの役。罪なほど優しい役が合うのだと思う。
トシくんは介護士ですが、ユマの人生に大きく関わることになる。
ただ向き合う。それも真剣に。それがこんなに優しいんだという、そこに揺さぶられる映画でした。
大東さんは魚座。そんな感じだ!

ちなみに渡辺真起子さんは乙女座、神野三鈴さんは魚座。乙女ー魚ラインっぽい映画でした。
佳山明さんは天秤座。清野菜名さんと同じ生年月日です。

佳山さん演じるユマは、日常でどんな目にあってもいったん受け入れて吸収する。
すん…となるところが可愛らしくもあるけど、ユマがすん…とすれば周りはいつもと変わりなく動いていく日常に私は怒りを感じた。
そうやって私たちは自分のスムーズさのために、ハンデのある方にいろんな不便を強引に負わせてきてしまったかもしれない。

ハンデ。「障害者」と書くこと自体差別しているようで、それについて書く、それは勇気のいることでした。
バリバラを最近見てますが、自分次第だと思った。
「わからない」「だから遠ざける」ことが本当は一番怖い。
人は誰だってどこかにハンデを抱えてて、生活するのに困難さがあるのなら手助けしますよと。それすら怖がる人が多いなら、ハンデ抱える人だって怖くて外に出られないと思う。
インフルエンザでぐったりしながら病院に行った数年前、お年寄りが「お先にどうぞ」とか、「ここ座りなさい」と席を空けてくれたりした。
杖持ってる人がエスカレーターに乗ってるなら、急いですり抜けるのはやめとこうとか、こんな普通なこと、いざ街に出たら私も抜け落ちてしまってたかもしれない、それが今更ながら怖い。
何か言ったら障害者を傷つけてしまうかも。その優しさが裏返って冷たさみたいな歪み。それが現状というだけの気もする。たぶん。
ユマは結局自分の意思で、すごいスケールの経験をした。
監督のインタビュー読んで心に残ったのは、「介護士がいれば海外でもどこにでも行けるということを伝えたかった」ということ → HIKARI監督インタビュー

この映画は最初、「性」のことがクローズアップされてて、確かにそこはとてもナイーブな問題と思う。
「発作とか起きない?」って、いざ初体験!の男性からユマが質問されるところがあったけど、「わかんない。したことないから。どうしよう」と答えるユマ。
でも思えば初体験の時って、「心臓止まったらどうしよう?」というくらい未知の領域に立ち向かう恐怖はそれなりにあって、ユマが「どうしよう」って言ったのはそういうことかな?と思ったらちょっと可笑しかった。最後はわーっと感動して終わったけど、思えばいろんな要素が詰まった盛りだくさんな映画でした。
佳山さん体当たりの演技!

 

「13thー憲法修正第13条ー」は、アメリカの黒人差別問題のドキュメンタリー映画。
先日のあまりにもひどい事件をちゃんと感じるには、私の知識では限界があり。
そんなときにちょうどお薦めされた作品です。
宇多田ヒカルさんのツイートが炎上してしまってたけど、ヒッキーはこの歴史のことがベースにあってつぶやいたんだろうなとしっくりきた。肌の色の違いで差別されてるわけじゃない。むしろ色の違いが利用されてきた…
今も差別はなくなってない・どころかひどくなってることが訴えられたような作品。
「criminal」=犯人。何度もインサートされる単語です。
黒人を犯人扱いするとはどういうことか?
アメリカの酷さばかりが突きつけられたけど、それでもアメリカのいいところは、過ちを認める政治家がいること、そしてこういう映画が生まれることかもしれません。
でもこの映画は2016年で、2020年のこの世にも警察による酷い事件が起きてしまう。
知らなかったで済むなら楽かもしれないけど、もうそれじゃ済まない世の中になってきてる気がします。
学ばなければならない!
他の国のお話じゃない気がした。この国だっていつマイノリティーが収監の世の中になるかわかりません。

ここで渡部氏の問題に触れるのはおかしいかもだけど、地位の高さや経済的な成功は人の心を廃れさせるんじゃないだろうか。
そういう出来事ばっかりここのところ目にしてる気がする。
「目にしなきゃいいんだ」というそういう問題じゃないですね、もう。
前もどこかに書いたけど、「下」がいないと「上」は上の顔をできないんですよ。
上の顔したいから「下」という存在をあえて作ってると思う。
誰かを「こんな程度」とみなしたり「お前なんて」という態度で人に接する「上」の顔。見下す目。
そんなやつはたいがい卑劣で下劣。それは確信に近いです。

 

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