韓国の本2冊

82年生まれ、キム・ジヨン」をやっと読みました。

読もう読もうと随分前から思ってましたが、どうも手にできず。
なので先にこっちを読みました。

クソ女の美学

タイトルがすごいけど、これはいわば開き直りというか。
私がどう生きてもクソアマと言われるこの社会。クソは私?そう呼ぶ方?どっちでしょうねと。
これを読んで、「キム・ジヨン」やっぱ読まなきゃと思ったわけで。

2冊とも男女差別がはっきり可視化された本なのです。
82年生まれキム・ジヨンの母の時代では、女児を妊娠すると中絶に追い込まれるような社会的ムードだったというのが驚きでした。
また、キム・ジヨンの弟がいつでも最初にご飯をよそってもらったり何かと優遇される。
日本だと、それが普通ってことはもうあんまないですよね。
だけど家の中に息子が1人いると、どうしても女の自分と扱いが違うと感じてきた人は多いはずです。
あと韓国といえば兵役義務。
兵役に就いた男性はその分、公務員採用試験の点数が加算されるという制度があったようですが、1999年に廃止。
廃止となってから女性への露骨な風当たりが強くなったと。街で男性から向けられる目線や態度は、日本よりずっと危険かもと感じる描写がいくつもありました。
そんな韓国でも日本よりは育休制度などが充実してるようなのです。

Amazonサイトで試し読みできる箇所の抜粋です。

日本だと、男も女も老人もみんな穏やかに過ごしてるような日々。攻撃されることのほうがずっと少なくて。
だから、そんな日々にあえて波風立てることなんてない、そう思う女性が多くても不思議じゃないです。
この2冊を読むと寝た子が起こされるようななんとも怖い感覚を味わうのです。あと自覚してなかった怒り。男性は男性自身も気付いてないかもしれないけど、多くの「寛容」の中で生きているんだと思う。
生まれながらのマジョリティー。許されてること・優遇されてきたことがあまりにも多い。
それは一見本当に小さなことだらけです。

例えば私には兄がいますが、家族の中でも親戚の中でも光のような存在です。
何もしなくても輝く。何かすればもっと輝く。
例えば、たまに実家に帰ってきて皿洗いしなくても責められない(私は責めるけど)。
皿洗いしたらすんごいありがたがられる。
私や姉が皿洗いしなくても怒られることはないけど、母親にやらせてるという罪悪感はものすごい。
「キム・ジヨン」や「クソ女」を読むと、「母親もしくは女にやらせてる」ということに罪悪感を抱かない男というのは一体どういうことだろう?と、謎にすら思うのです。

ただ、兄だって罪悪感を全く抱かないわけではない。
「母親や実家のこと、いつも悪いな」と思ってくれてるみたいで、年に1回ご馳走してくれます。正月にふぐ刺しを取り寄せてくれたりもする。
しかしいつもモヤモヤするのです。
ご馳走はいいから、お皿洗ったり大晦日に掃除してほしいと言って正月のムードをぶち壊したこともある。
姉は「このふぐでチャラになるじゃない」と言う。チャラ??既婚の姉でもそんなことを言うとはね!
私は未婚ですが、妻を怒らせるたびにスイーツを買ってくる夫に「そうじゃねぇ!」と怒りを感じる妻の気持ちに共感しきりです。
私の兄に対する思いもそういうこと。
おいしいものでチャラにしてもらうという魂胆に私はムカついてるのか?うーん、でもちょっと違う。
一連の鈍感さに腹が立つんだと思う。「一連の」というのはとても根が深く歴史も長い。
自分1人の怒りとかじゃどうしようもできないこと。
「キム・ジヨン」ではそのへんを可視化するために、精神に異常をきたしたジヨンの生育歴が「カルテ」という形式で語られるのだけど、これがまた絶望的で…やっぱり男女差別はどんなにマイルドに思えても根が深いのですね。

キャスターの有働さんが、セクハラを自分たちの若い頃に許容してきたせいで、セクハラを助長する一端を担ってしまったんじゃないか、その責任を感じるとおっしゃってたのを聞いたことがあります。
男女差別も、男性側だけの一方的な横暴さが問題ということじゃなくて、「男性優遇・それが当たり前」というムードを一生懸命蔓延させてきた女性たちの存在も確かにありました。
ただ、私も「世の中をどううまく渡っていくか」についてずっと考えてきた20代、女性上司にいつも怒られ、でもその日々のおかげで気を利かせることがだんだん身についてくるわけですが、それは女性から教わった処世術とも言えるものかもしれません。
だって男性上司をほったらかしにしたら、「気が利かないなぁ。そんなんじゃお嫁に行けないよ」と言われたりするわけで。
「〇〇課の△ちゃんは僕にお茶入れてくれたよ〜」とか言う奴がクソなのに、「今度は気をつけます」と自分をどんだけ矯正してきたでしょうね。でも男性上司に気に入られれば、意地悪な女性からも結果的に守られたりもする。
また、気を利かせるのとは別の次元で「もっと派手な色の口紅塗ってきたら?」と男性に言われたりしましたね。なんのために?お前のために?

この間の「5時に夢中!」では、一般男性4人に「どんな女性が好き?」とインタビューして、2人が「ふわっとした子」と言っていた。
「ふわっと」というのは外見もそうだけど、性格も気が強くなく、ふわっとしてほしいのだそう。
なんでこんなに一般男性つけ上がらせちゃったんだろうとね。
「女だってイケメンがいいとか言うじゃねぇか」という反論もあると思いますが、だって女はそもそも夢を語っているわけです。現実のことをよく知っている。だからできるだけ高い夢→イケメンとか掲げるわけです。
横浜流星が「ふわっとした子」と言うならまだしも、こんな街角の男性も臆せず言うようになり、そしてそれがわりと叶ってるんだとも思う。女性は適応能力高いから。(最初ふわっとしてたのにとんでもなかった!という苦情の内情は女性の真の目覚めと思う)
しかし、適応もいよいよ無理と思いますよ。こんな衝撃的な本がどんどん入ってきてるのですから。

「キム・ジヨン」の中で、「女は男のための性であった」という一文がありましたが、「性」というのはセクシャルな意味というより、男が「上」でいるための女。
歴史的にずっとそうだった、韓国も日本も。世界的にも、とも言えるかな。
韓国では貧富の問題も「パラサイト」で浮き彫りになったし、こういう素晴らしい作品が次々生まれてるというのは羨ましい限りです。
書評で「被害者意識が過ぎる」というのを見かけたけど、被害者なんだよ。まずそこからです。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。