パラサイトの感想その2

「パラサイト 半地下の家族」感想文記事へのアクセスが増えていますが、「パラサイト グロ」で検索してきた人が多かったようです。
グロのあるなしを書いてます。→「パラサイト 半地下の家族」

このときはネタバレしないようにしつつ「おもしろかった!」という感動を書きたかったので、しょうもない想像ばかりを連ねましたが、今回また改めて感想を書いてみます。

 

映画館では、音声のリアルさと最悪事態の想像で胸が悪くなってしまい、後半ほとんど目をそらしっぱなしでしたが、TVでは凝視に挑戦してみました。
やはり吹き替え版だけあって、音声のグロさは軽減されてたように思います。
私は子どもの(ダソン)の首が切られるのでは…生首とか飛ぶのでは…という想像をしてしまって勝手に気分を悪くしたとも言える。
それはなかったということを知ったので、安心して見ることができました。
ジェシカの胸から吹き出す血にはやっぱ目をそらしたけど。

そして映画館で見てたときにはあまり気に留めなかった「境界線」というワードが今回気にかかりました。
あの豪邸家族の夫がやたら「境界線を越えてくるやつは…」とか、境界境界言うんですよね。
確かに、いろんなシーンで実は視覚的な境界線が引かれてるんだという考察をいくつも目にした。
だけど、ポン・ジュノ監督はそこまで境界線を意識してないという説もある。
どれが真実かはわからないけど、境界って何?


映画.comより)

あと今回気づいたのは、もしかして豪邸家族の美人妻は、育ちが良いわけじゃなさそうということ。
座り方が結構ガサツなんですよね。スカートの中も見えそう。
夫は半地下家族の「におい」にいち早く気づくも、妻は夫に言われるまで気づかない。
しばらく気づかないんだけど、あるときふと気づく。
でもそれは、半地下家族が大洪水にあって避難所で一夜を明かしたあと。
半地下特有のにおいに気づいたんじゃなくて、「お風呂入ってないみたいな、このにおいかしら?」ってことに気づいただけなのかなと。どうでしょうね。

そもそも豪邸夫だって育ちは不明なわけで。財閥ではなさそうだし。
もしかしたら自分もそのにおいを知ってるからこその極端な忌避なのかもしれない。
なんとも言えないけど「境界」ってなんだよと、そのワードにムカムカしっぱなしの今回でした。

私もうっかり「育ち」とか使っちゃいましたけど、育ちがいいとか悪いってなんだろう。
今、本屋に行くとお育ち系の本がなぜかベストセラー棚にあるけれど、あの本を眺めてみたときの胸くそ悪さとパラサイトの中の境界と相通じるものを感じます。
育ちってなんだよ、境界って何なんだよ、(そこを明らかにしたり線引きすることこそがいかに行儀悪いか)ってことをポン・ジュノ監督は全世界に示してみせた、やっぱりものすごい映画だなと思う。
世界共通みたいな格差社会の胸くそ悪さを2時間のストーリーに込めてみせたんですよ!

 

 

「犯罪者が絶対来ない学校に子どもを入れたい」「犯罪者のいない街に住みたい」と言う親の気持ちはわかるけど、正気かよとも思う。
境界を誰かが作るなら、「それを破ろうとするもの」も必ず生まれる。
住所や電話番号が書かれた伝票をハンドシュレッダーで切り刻んでみれば、その細切れこそが「ここ大事!」「個人情報!」とあっけなく知らせてくる虚しさとなんだか似てます。

「境界」に突っかかりたくなったのは、コロナ禍の今だからかも。
上映当時はコロナが流行りだしたばかり。
そこからあれよという間に世のムードが変わっていったけど、境界線をこれ見よがしに引いたのは、概して「持てる者」だったと思う。
しょうがないのかも。多くを抱える人はそれだけ守りたいものがたくさんあるということ。
1個も失いたくない。その必死さ・がめつさをこうも露骨に見せるかね…と思うものの、その光景は予想外というわけでもなかったです。
人に対して鼻をつまむというのはもう簡単なマウンティング法。
「あっち行け(汚そうだから)」という仕草を見たのは中学以来だったかも。
でもその人は一生お金に困らないんだと思う。個人的な話です。

そりゃ凶器を持っちゃだめなのです。凶器で人を傷つけちゃいけないんだけど、映画見終わってもやるせなさがどうにも残る。それは「万引き家族」を見たときにも感じたどうしようもなさ。
でも監督は人をそういう気持ちにさせるねらいがあるのでしょうね。
「法を犯したら罰せられる。これが正義」、これがタイムラインにあふれる世の中にしたいわけじゃないはず。
監督は、観る人の心の境界線を外したかったんだろうかな。

いきなりだけど、私は宇宙に行きたいとかは思わない。
民間の会社がロケットを飛ばしたり、「いつか宇宙旅行が実現するために」というニュースに夢や希望を抱けない。
そんなのが実現したって、宇宙船の中から手を振るのはパラサイトの豪邸家族みたいな人たちだろうから。
富裕層しか星に行けないのなら、意味がないじゃないかと思う。
そりゃ夢を大きく持てばこそ科学技術の発展とつながる。そこにはジレンマがあるんだけど(意味のない小市民のジレンマ)。
ツイッターをやめる前、なぜかタイムラインに現役慶大生の「文句があるなら慶応に受かってから言え」というツイートが入ってきた。
私たちは何を目指して学ぶんだろう。なぜこんなに豊かになりたいのかな。自分も含めてです。
ジェシカことギジョンは生きてたら美大に行けてただろうか。
行ってないかもしれないし、行ってもやめたかもしれない。
半地下家族のもとにある日「石」が舞い込んで、意識に閉じ込めてたような願望がそこで噴き出したのだろうか。「上」への啓示と思っちゃう。
これはとてもわかります。
「分不相応」とわかりきってるときこそ、足りてなかった運も実力も、目に見えない何かで埋められると思い込んでしまう。参ってるときに限って石みたいなものが転がり込んでくるんですよ。それを啓示かチャンスと受け止める。
でもそんなの誰にだってあるじゃないですか…。
「ねぇよ」と豪邸夫に訝しがられても、豪邸奥さんは「わかるかも…」と目を見開いてくれる気がするのです。
雨さえあんなに晴れやかにあがらなければ、奥さんと半地下家族はどこか分かり合えてたかもしれない。
でも快晴と息子の誕生日が重なってしまうというラッキーというか不運というか…。
子どもがキャンプに満足できてれば…サプライズパーティーなど開かなくて済んだらば…
そもそもダソンが小1の誕生日に幽霊見て泡吹いてから破滅は始まってたのかも。
それ、幽霊じゃなくて、豪邸地下に住んでた家政婦の夫…
梨泰院クラス主役のパク・ソジュンさんが家庭教師続けてれば不幸は起きなかったのか?
でも石を持ってきたのはパク・ソジュンだったね。学歴書類偽造をそそのかしたのも。
半地下家族だって、豪邸の中でそれらしく振る舞えるほどには賢かったんだ。何よりあの母親が頼もしい。あの母親のもとでなら、健やかに「大丈夫」と思えただろうな。なのに引き裂かれた家族。
だから豪邸夫がわざわざ境界線など引かなければ誰も侵害しようとしなかったのかも。
(目に見えない侵入くらい許してもらおうという半地下家族の浅ましさが、落語みたいなオチになることはもうないこの世かな。とかいって自分もあらゆる境界の中で生きてるけど。線をこれ見よがしに引かれるのはやだねって話。引くお前だって何なんだよと。)

 

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