夢で表裏を知る

「おちょやん」見てます。

でも毎日ドラマチックすぎて、全編「いいセリフ」で占められている。
地味な生活シーンにもコントが散りばめられてて正直見てて疲れます。
ここ笑うとこ!ここ泣くとこ!というのが苦手なのです。
どの物語にもそれなりのアピールポイントがあるとしても、「おちょやん」は特に操作性を強く感じるんですよね。
「これっていい話ですよね〜」「この著名人最低ですよね〜」という操作性にあふれたワイドショーも苦手。
有吉さん結婚への「こんなに嬉しいことはない」「日本中が喜びに沸いた」というようなコメントも信じられません。
もともと美形だった芸能人の鼻がどんどん高くなっていく傾向にも憂いを感じるし、どうしたんでしょう。何もかも自分の気にしすぎとも思う一方で、世の中どこに向かうの?という恐れも拭えないです。

今年の日本アカデミー賞で、なぜカメラは菅田将暉さんと小栗旬さんばかり捉えるんだろうとそればっかり考えていた。
なぜ小松菜奈さんに菅田さんのことばかり聞くんだろうと。
ハッピー主義の日テレもゲスいことやるなと思いながら見てたけど、視聴率上げたかったのかな(ついそう考えちゃう)。

「こう見せたい」が100%成功するってことあるんですかね。
「ほんとのところ」がどうしてもにじむはずと思うのです。
どんなに顔を整えても自然箇所とのギャップは開く一方だろうし、「いい人」がなぜそんなふうに振る舞いたいかが気になってしょうがない。
嫌われたくないとか愛されたいとか、それは渇望と言っていいほどに違いなく、たどれば誰しも幼少の頃の何かにぶち当たるんでしょうか。
私がそんなふうに人の裏面ばかり気になるのは、私自身の裏と表がはっきりしてるからであり。

 

私は今、吉田結妃さんの夢分析を受けています。
そしてこのたび今井晥弌先生の夢解き講座にも申し込みをしました。

 

昨日は吉田さんの夢分析の日で、私は知り合いの男性に追いかけられて、すりガラスに映った彼の影に怯えてる…という夢を伝えました。
「影=シャドウですよね」と吉田さんは話し、シャドウとは心理学用語で「絶対自分がなりたくない像」だという。だけど自分の一部。自分から切り離したい側面。
えっ、彼が自分の一部??
私は彼を生理的に遠ざけてしまうところがあり、表面に出さないようにしてても、心の中では嫌悪感がいつまでもつきまとう。一日中頭を占めてしまうこともあります。
彼は陰気というかおとなしいのだけど、彼とのとあるやり取りのあと、影の夢を見てから嫌いになってしまった。

一方で、彼とはまったく違うタイプの人に苦手意識を抱いてる現状でもあります。
その人はいわゆるいい人。なのにものすごい操作性を感じるので、避けるようになってしまった。
「おちょやん」を見て感じる気持ちとちょっと似ています。
操作性や支配性は私にとって大きなテーマです。
陰気な彼と、いい人そうにはしゃぐ女性。まったく違う2人が私のシャドウ?

ですが見えてきたものがありました。
支配性・マウンティングに強い嫌悪を感じる私ですが、でも上に立つことすべて支配性でもなく、「リーダーシップ」という側面があるとして。
正社員をやめてから、私は自分らしく仕切る役割を切り落としてしまったのかもしれません。切り落としたものが形を変えて何度も目の前に現れてきてるのでしょうか。

また、おとなしい彼は、私の支配性や凶暴性を最も引き出してきそうな相手。私にその側面が「あるんだよ」と知らせるための影。じゃないのかなと。

私にとって支配といえば歳の離れたきょうだいで、これはある程度しょうがないこと。ただ思いを至らせてみると、私は自分の幼い頃の記憶をどこかで「書き換えた」ような気もします。
十分愛をもらってたはずなのに、どこかで「被害者ストーリー」に仕立てたんですよね。
そんでそうする理由も思い出された。
人生の早々に敗北宣言をした状態で生きてきた気もします。
それを許せない側面が時々火を噴く…ということの繰り返し。
「敗北なんてとんでもねぇ!」って側面は今でも自分の中で元気に息づいてて、そこに光を当てないとならないようです。どうやって!!?
これからの夢講座で晴れていくといいなぁと思います。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。