ホルモン補充とべらぼうとひなた

3月初旬からホルモン補充療法(HRT)というのを始めました。
2年前には「まだ更年期ではない」と言われた血液数値も、2年経って年頃の数値になってましたね。

何よりひどい体調悪化。
去年の終わり頃から頭がモヤモヤするようになり、「とにかく体調悪い」と思う日が月の半分以上。
大腸カメラ検査や子宮検診などをしても異常なし。
ついに更年期症状かと、婦人科医からのホルモン補充療法の勧めに秒で応じた。

私は飲み薬と貼り薬。
皮膚に貼るタイプのものは、肝臓を通過しないから内臓に負担かからないってのがすごいですね。
私は一応下腹部に貼ってますが、別に子宮周辺じゃなくてもよいらしく。
剥がれにくければどこに貼ってもいいらしいというのがすごいと思ったけど、逆に怖い。
でも!
効いてますね。
頭のモヤモヤはあまり気にならなくなりました。
ただ、体が異様に重いことはある。
めまいも時々あるので、これも更年期症状と思いつつ耳鼻科でめまいの薬も処方される。

部屋の本を整理しよう!
というやる気がみなぎってきたのが回復の兆候です。
HRT直前は「何が欲しい」とかもなく、「何かしなくちゃ」と頭で考えること全般疲れてしまってた。
そんな自分が「あの棚を買えばここが整理される」という思考を取り戻せたのは本当よかった。
感受性もいくらか戻ってきた感じ。
この間の「べらぼう」感動しましたよね〜・・・

横浜流星さんが「俺も祭りに参加だ!」と、花笠かぶって口でひもをキュッとするあのタイミング、すごくなかったですか?
しっくりしすぎて胸がドキドキした。
それだけじゃなく、祭りを見てる蔦重の表情が本当に楽しそうで、何かの記事にも「横浜さんの表情が素晴らしかった」と書いてあった。
あの回は小野花梨さん演じるうつせみと井之脇海さんの「神隠し」のこころみにももちろん涙したんだけど、すべてを紛れさせる吉原の祭りの明るさにも本当泣けましたよね…
「べらぼう」はオープニングがまた素晴らしく、あの曲が心を楽しい方へと掻き立てる。
「いだてん」のオープニングも大好きでしたが、私は江戸っ子の適当さや軽さが表現されたものにすごく感動しちゃう。
横浜さんは蕎麦のすすり方とかも江戸っ子っぽくて、すごく研究されて身につけたんだろうなぁと感心しますよね。

話は変わって昨日の「カムカムエヴリバディ」

川栄李奈さん演じるひなたは、文四郎と何年も交際して結婚適齢期(27歳)
でも文四郎は斬られ役俳優のままで、結婚どころじゃない。
「俺はずっと侍でありたい」とか言うような男。
「じゃあ、あれはなんだったの?」とひなたは問う。
交際当初、「禄も少ない拙者だが、ずっとついてきてくれるか?」(どんな告白だよ)と言ったあれ。

ひなたは信じた。
たとえ給料が少なくても、いつか文四郎が迎えにきてくれることを。
あの告白は、そういう覚悟で2人で生きていこうという仮プロポーズに近いものだったんじゃないか?

今も昔も、こういうことは恋愛シーンでよくあることと思う。
女:「信じてたのに」「迎えにきてくれるのを待ってるのに」
男:「今はそれどころじゃない」「っていうかずっとそれどころじゃない(見通しも立たない)」「待たれても負担」
こういう男女のその後は一体どうなったんだろう。
ひなたと文四郎を見てつくづく思ったですね。

今日の放送で、2人は別れてしまった。
一度は結婚を決めた文四郎だったのに、それは「役者を辞める」覚悟の上での結婚。
ひなたは「自分が支えるから役者を続けて欲しい」と精一杯明るく励ます。
ここで2人のギャップが決定的になってしまう。
「ひなたの放つ光が俺にはまぶしい」

るいとジョーもこういうカップルだったですよね。
一度は別れが決定的になったのに、命の灯がどんどん消えかかるジョーの様子を察したるいは「自分が支える」という覚悟でジョーをすくい上げた。
るいとひなた、何が違うのかな。
時代?
多くが貧困だった戦後と、個人の活躍度にはっきり差が出るバブル期と。
平成初期は「女を支えられない男」に厳しい時代だったのか?
ひなたも、文ちゃんを支える気概にギアが一気に入ったものの、るいよりはずっとロマンチストと思う。その分の幼さは感じた。
恋愛や結婚の妄想をしょっちゅうしてますね。
不安なときに文四郎に抱きしめられたり、愛を囁かれる妄想。


文四郎がひなたに感じた「まぶしいくらいの光」
ひなたが無自覚だった自分の資質は、奇しくも文四郎を鏡にすることで自分にはね返ってきた。
そのパワーは文四郎との間で反響し合うものじゃないとわかってしまった。
そんなふうに心の奥底で「道が違う」と感じるから、人は別れたりするのだろうか。
るいとジョーは、放つ光の加減や潜在的なパワーが近かったのかもしれない。
このあとひなたは、どんどん光を放っていくんですよね。
この範囲の幸せでいいからこの人と歩んでいきたいと頭・心では願うのに、運命がそんな小スケールじゃ許さないようなこと。

鏡といえば最近、自分の身に起きた不思議なことは、一緒にランチした同僚の語る悩みが自分と「同じ!」と思ったこと。
出来事は全然違うけど、感情の変遷とか、そのひどく落ち込んだ日まで同じだった。
自分が誰にも言わずに心の奥で「つらい」と思ってたこと、この感情を人に言うことはないだろうと思ってたことを、目の前の人がどんどん言語化していく。
「鏡みたい」と思ったんですよね。不思議な体験だった。
とはいえ、この「鏡だな」と思うようなことはこの数年何度かある。
あの人とはやっぱり通じてるんだな、とか。
あの人も同じ寂しさを抱えてたのか、とか思う。
謎に多いのが、「あの人も同じ時期体調崩してたのか!」ということ。
こういう地味な体験に感動している日々が今はちょっと楽しいです。





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