意図を持とう

最近、「意図」のことばっかり考えてます。

特に「生きる意図」「絶対死なない意図」

死なない意図ったって、そりゃ命が永遠じゃないことはわかってます。
でも「絶対死なない」とあえて意図する必要性を今特に感じてる。

 

私は人より「絶対死にたくない」という思いが強いかもしれません。
そういう年齢になったからとも言えるし、去年手術してから意識が変わったかもしれない。
でも前から死への恐怖感は強かった気も。

例えばストーカーっぽい目にあってる人もいると思う。
「お前なんかに付きまとわれない意図」をしっかり持ってみてはいかがでしょう。
「お前の意図にからめとられない意図」とかですね。
そのためにどうすればいいか?が自ずと見えてくるんじゃないでしょうかね。

「基本信じる」という清涼感でやっていける世の中ではなくなっている。
殺意という明確な意図には、「殺されない意図」で対抗するしかないのかもしれない。

 

ある夜、なぜこんなにも数々の不正がまかり通ってるんだろうと、怒り通り越して疑問でいっぱいになったとき「意図だな」と、ふと感じた。
「不正してやろう」「搾取してやろう」という意図にはかなわないと気づいたのです。
意図は明確なほどに叶ってしまう。「悪意」という意図は本当うまくやるんですわ。

私自身、「フェアでピュアに生きる」というのがこれまでの信条。いささか恥ずかしい感じですが、日々の善良さに勝るものはないと思ってた。
でも40年以上生きてきた肌感覚からすると、善良チームなんてずっと負けっぱなし。負けても善良だからニコニコしてる。一生勝てない弱小チーム。弱小なりに得たものがあったとしても、「それを守る意図」がないとあっという間に搾取されたり不利な立場に追いやられたりする。そういう風景ばかりが印象に残る。
「善良」というただの意識じゃなんとも弱すぎで、良くも悪くも「意図」にたやすく乗っ取られてしまうのです。

私の所属するコミュニティーですごい暑がりの人がいて、今この季節でもエアコンを23度冷房に設定したりする。しかも誰にも許可を得ず。
みんなも寒いと思ってるし、なんならお腹壊してトイレに駆け込む人までいる。
なのにみんなその人に「寒い」も「温度上げていい?」とも意図を示さない。
私は何年か前にその人に文句を言いました。せめて温度下げるとき声かけてくんない?と。
その願いは軽く無視された。敗北。
というのは、私は「怒り」しかなかったから。

その人は「絶対汗かきたくない意図」を明確に実行に移す。
寒がりの私は「絶対体を冷やさない意図」が必要だったんですよね。
それはその人に勝つとかじゃなくて、「温めればよい」それだけ。カイロでもなんでも使って冷やさないようにすりゃいいのです。
善良な人はお腹壊してまで耐える。
それを見て怒る私は「その人に温度を下げさせない意図」で対抗しようとしていた。
でも「相手を変えようとする意図」はたぶんあんまり叶わない。

 

今この国では平和が保たれているけど、それは「絶対戦争をさせない意図」が強く働いているからと思う。
でもいつだって、「戦争を始めたい意図」が蠢いている。その拮抗状態は年々高まってると感じます。
しかも「戦争を始めたい意図」の持ち主は、「自分は戦争の傷を負わない意図」まで明確に持ってると思いますよ。
怖いのは、平和や戦争に関してなんの意図も持たない人口がどんどん増えていくこと。
私は今の教科書がそういう作りになってんじゃないか(なんの意図もあえて持たせないような意図)と勘ぐっているので、それすら「戦争を始めたい意図」の仕掛けだったらマジ危ないと思ってる。そうしてなんの意図も持たない善良な人が悲しさを被る、歴史はそういう繰り返しだったじゃないだろか。
「戦争を絶対しない」というのは、戦前生まれの両親から受け継いだような意図でもあります。その意図の一翼を担いたい私の意図。

 

穏やかになんとなく生きてられたら一番いいと思うし、そう生きられると思ってたけど、気づいたらこんなに搾取されていた非正規の私…という呆然感は少なからずあります。
世の中そういう人ってとても多いと思う。
私なんかまだ家賃払えるからいいけど、「かつてあんなに活躍してたのに…」という人がホームレスにもなる時代。
ここ数年の私は「後退上等」みたいなツッパリ感があったけど、こういうの一番危ない。一寸先は闇。
「幸せを掴む意図(その道筋)」を明確に描こうと思いましたよ。搾取されない意図。
あと「パートナーと暮らす意図」とかですね。私の残りの人生には異性パートナーが絶対必要、これからはそう感じまくっていこうと思う。

ちなみに最近叶った意図といえば、「好きな人と雑談する意図」
前はこの恋に対してもっと重めメンタルだったけど、「まず雑談だな」というところにやっと落ち着きました。そしたらあっという間に叶った(意図設定後5日以内)
それでもこの恋の行く末はまったくわかりません。
相手の真意はまだ謎だらけ。
少し前まで、「相手の気持ちはきっとこうなんじゃないか…」ということばっかり気にかけてたし、それが恋する醍醐味とも思ってたけど、わかるわけないんですよ、相手の心など。
そんなわからない相手の心よりも、「こうなりたい」という私自身の意図、叶ったその結果が重要なんじゃないか。
何より効果的だったのが、前にも書いた「この恋に関する期待をすべて消去してください」と何かにつけ祈ること。
「この恋に関する期待・不安・猜疑心すべて消去してください」の3点セットでもいいかもです。

期待・不安・猜疑心、恋心を邪悪なものに変えるこの3点セットですがね、しかし「恋とは期待」なのかもしれません。期待がなくなると、最初から恋などしてなかったかのような日常になって、それはそれで味のないガムのよう。
でも、期待を捨てると話しかけられたりとかですね。2人きりのチャンスが訪れたりとか、不思議なもんです。そんでまた帰り道に期待するんですよ。この「期待」がなかなか消えてくれない…んだけども期待すると恋の進展が急速に鈍る。

相手と向き合うまでに細かな段階がたくさんあるのですね。
「まず相手をちゃんと知る意図」「そのための機会を作る意図」
それプラス、「パートナーや好きな人を何が何でも尊重する意図」「パートナーや好きな人から絶対見くびられない意図」「自分を卑下しない意図」も胸に強く持っておこうと思います。それで好きな人と結ばれなかったのなら縁がないということ。私の意図に沿わない人ということ。

あとですね、街なかや公共施設内にいるときに、「何かあったらちゃんと逃げる意図」を持っておいた方がいいのかもしれません。
そのためには「行動」が必要、どこにいても「逃げルート」のシミュレーションするとかですね。
非常出口をチェックしておくとか、そういう意図を持っておくだけで、危険察知能力も上がるんじゃないかと思う。
邪悪な意図にからめとられないよう、生きていく意図を明確に持とう!

 

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