今期ドラマはツッコミどころが多すぎる

物語を盛り上げるためだけに主人公を傷つけまくるドラマに最近耐えられなくなっている。

「恋せぬふたり」「愛しい嘘」「真犯人フラグ」など。

イケメンというだけであれこれ許されるドラマにも耐えられない。

「愛しい嘘」「ファイトソング」

「ファイトソング」は2話を見てないので、間宮祥太朗さん演じるミュージシャンのいきなりの「つきあってください」に清原果耶さんがどう応えたかはわからない。
予告を見ると「私がいくらあなたのファンとしてもそれはちょっと…」という反応っぽかったけど、どうなったのかな。
でもそれを確かめる気もなくって。
でも清原さんと菊池風磨さんの関係、稲森いずみさんは素敵だったんだよな。

なぜ間宮さんは清原さんに「つきあおう」っていきなり言ったんだろう。
自分の唯一のヒット曲を大事にしてくれた子に運命を感じた!(これからは創造性の源泉にしたい)ってとこと思うけど、いきなりはマズくないか?

ドラマ的に言えば、それは間宮さんがイケメンでありミュージシャンであり、清原さんが可愛いからと思う。
それでしか回収できないことがどうもスルーできないんですよね。うるせーって話ですが。
壁のクリーニングに赴いた先の人がイケメンでミュージシャンだったとして、「つきあおう」っていきなり見初められる=女の理想だろ?って言われてる気がして、その雑さに腹がたつ。
もしくは「運命感じちゃった衝動(だから許して)」ゆるせねー。心の距離を近づけるために3回はクリーニング頼めよって思ったけど、ドラマじゃそれは難しいのかな。

「愛しい嘘」に関しては、主人公のみならず女性が傷つけられまくってて、しかもイケメン・美女・大手IT起業家の横暴ぶりが古典的すぎと思った。
どんなにイケメンだろうが昔ホの字の男だろうが成功しまくってる起業家だろうが、「この間のお礼がしたいんだよ、例えば今日とか」という突然感を女はもっと警戒すべきでしょ!
しかも「来ちゃった」んですよ。林遣都が波瑠の職場近くまで。成功者が迎えに来ちゃった。
そりゃ落ちるよね…ってこたぁないだろう!!

「恋せぬふたり」と「愛しい嘘」に共通してるのは、母親が「あんたもう30なのよ。どうすんの?」ってやたら心配してる描写。
30前後で非婚・仕事も確立されてない女性を「未」であり「劣」とみなす発言が、本当ムカつくようになってしまった。
同世代の視聴者はこういう描写をどう思うんだろう?
「だよね…(私もまた)」って思うのか、それとも「ドラマ的な誇張だな〜」ってスルーできてるのか。

「恋せぬふたり」は、それでも岸井ゆきのさんの怒りの演技や、高橋一生さんの諦念の演技が素晴らしくて、その素晴らしさを存分に見せるための演出というのはわかる。わかるんだけど、「恋愛を”ちゃんと”してほしい、そうじゃないと意味わかんない」と叫ぶ母親の描写はつらかったな。きっとこのあと理解を深めるんだろうけども。世のお母さんや家族や世間は本当にまだそんな価値観押し付ける?

あと「愛しい嘘」と「恋せぬふたり」の共通点は、主人公を「オマエ」と呼ぶ男がさらっと登場するところ。
恋せぬふたり2話の最後で「オマエはオレのものだから」って言い切ったあの男とか。
あいつが岸井さんの見てた書類(高橋さんからのアンケート)を無邪気に奪ったりとか許せないっすね。
あの人もやけにイケメン。あのレベルの顔から「オマエはオレのもの」って言われたら、まんざらでもなくない?っていう合意感はまさかないですよね。
「愛しい嘘」では同窓会で久しぶりに再会した溝端淳平が波瑠にいきなりの「お前」でした。
いいんだけどさ、いるけどもね。「来いよ、オレの樽、見せてやる」とかいちいち古いんですよね、あのドラマは。あの強引さが許されるのは90年代の江口洋介さんまでと思う。
溝端さんは「ゴシップ」でもちょい上から目線のドライな男だったな。

そして波瑠さんがまた気の弱い善人で、林遣都に気に入られた波瑠に嫉妬した美女の新川優愛が、波瑠の家に忍び込んでコート切り裂いたりファンレターを勝手に持ち出して踏んづけたりやりたい放題。そんな新川さんをまだ「友達」と呼んだりする波瑠さんよ…。
「家族」や「友達」というワードでおおざっぱにまとめてくるドラマに年々アレルギーなのです。

「真犯人フラグ」はちょっと展開が残酷になりすぎてる。
あっちゃんと血がつながってないって…
香里奈さんや桜井ユキさんもやりたい放題。
お人好しすぎる西島さんと正義感強すぎる芳根京子さんに疲れてしまった。

 

とにかくツッコミどころが多いドラマ

「DCU」

最後の横浜流星さんには仰天でした。急に憎しみ!!
ずっと子犬のような顔で阿部寛さんを慕っていたのに!

このドラマには最初ぐいぐい引っ張られて、日曜劇場さすがだな〜と思っていたのもつかの間、どこかで「あれ?」と違和感が芽生えてからが早かった。
大嵐の中で阿部さんと流星さんのバディを見守る隊員たちとか。顔面大雨で水中画像を細目で見てる4人。どっか避難しろよ。
中村芝翫さんは悪役やりすぎじゃないですかね。
そして阿部寛さんが水中潜ってきたかと思えば、デスクで芝翫さんの罪を追及してる。忙しすぎ!DCUって本当そんな役割?
しかし中村アンさんって重要な役をすること増えましたね。
阿部さんと市川実日子さんが夫婦かぁ。
見てるうちに、日曜劇場って確かに毎回こんなだったと思い返された。
やたら「いいセリフ」が多く、𠮟咤激励の嵐。
妬み、憎しみ、しなを作る男性(今回は山崎育三郎さん)

流星さんと阿部さん、敵対すんの?
予告では流星さんの無邪気な笑顔映ってたけどなぁ。2話ですぐ信頼取り戻すのかしら。なんなんだよ。
そして、なぜ阿部さんと流星さんが潜水の特殊資格保持者なのかがわかった。ゴーグル越しでも目ヂカラ強いから。
流星さんの恋とか今後あるのかな。
なくてもいいけど、なぜツーブロックかといえば男っぷりが堪能できるシーンがこれから満載だからでしょ?違うかな。
岡崎体育がなんのためにいるかまだ1話ではわからなかった。けど今後、阿部さんと高橋光臣さん、どっちにつくか悶々とするんだと思う。
趣里さんがめちゃかっこよかったです!
日曜劇場はいつも男性目線のドラマだけど、女性を重要なポジションに置くんですよね。
でもなんか、党の要職を女性に就かせたり橋本聖子さんをトップに据えた感じとちょっと似てる。それの何がいけないの?と言われたら、明確にどうとかは言えないけどモヤる感じはある。主役はどうせ男なんだ。

 

最近のドラマで私が違和感を強く持つのは、衝動をすぐに表しすぎるところ。
「誘いたい!」と思っても、思った瞬間に誘ったりしないのが大人だろうと思うんだけど。
「憎い!」と思っても、「でも自分の勘違いかもしれない…」と1日様子見たりしませんかね。
「ドラマなんだから」という枠の中で何を許せるか・許せないかって人それぞれだろうけど、前クールで坂口健太郎さんが出会ってすぐ清野菜名さんに「結婚しましょう」って言うとかもね、それでまんまとドキドキするだろう?ってみくびられてる気がするのです。私はね。
特にイケメンが衝動に走って、ウブな女子が「え…」と戸惑いつつ受け入れる描写が多すぎる。
しっかりしろよ、ウブ!!

あと、い・ま・だ・に「まだ結婚してないあんたって(ふぅ…)」みたいな登場人物を「世間の声」っぽく出してくるドラマ。特に母親とか既婚の姉妹が言うドラマが妙に気に障るんですよね。
しかも「まだ」を向けられてる主人公が30前半とか20代だったりもする。果てしない希望がある年齢としか私には思えない。
一般的な自己否定につながっちゃうんじゃないのかな。
「私は世間の声に惑わされない」というすがすがしいエンディングのドラマもたくさんあるし、「スナックキズツキ」は世間の声に負けそうな登場人物がとても魅力的に描かれてて、「このドラマは自分に寄り添ってくれてる」って思うことも多いんですけどね。違和感とか感動とか、どう思うかって自分の感受性やそのときのコンディションだろうけども。

しかし「カムカムエヴリバディ」ではオープニングテーマの前に毎回うるっときてしまう。
ジョーがるいを見つめる優しいまなざしに本当泣けるよ…
そして竹村夫妻の顔芸…なぜあれがあんなに泣けるのでしょう。
いずれこちらも感想で触れたいです。

 

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