映画の話(キング・オブ・コメディほか)

U-NEXTで「キング・オブ・コメディ」を見ました。


VOD劇場より)

映画「JOKER」を観たなら「タクシードライバー」と「キング・オブ・コメディ」も観た方がいいと、あちこちで目にしました。
「JOKER」の主人公アーサーは、デ・ニーロが演じた2作品の男のオマージュとして描かれたのでしょうね。とてもよく似ている。
浮かばれない人生・自意識過剰さ・誰かに見出してもらいたい何か。
今ふうに言えば「承認欲求」をこじらせまくってて、なんとも大それた計画をしでかす。
でも昨今はこういう男が本当にひどい事件を起こして取り返しのつかないことになっている。
上映当時の1983年は、まだそんな男がユーモアに描かれる時代だったのか、それとも昔からこういうヤバさは社会に潜んでて、だからこそ生まれた作品なのか、どうなんでしょうね。

映画はとにかくおもしろかったですよ!
デ・ニーロ!!

U-NEXTのあらすじでは「常軌を逸した男を演じさせたら右に出る者はいないロバート・デ・ニーロの怪演」とのことですが、本当に常軌を逸してます。
ヤバさから目を離せなくなり、一瞬でデ・ニーロ中毒みたいになる。
しかもずっとヤバイ。「バカだなぁ」と笑っちゃう。
なのにデ・ニーロよりもっとヤバい人が登場する!
それはストーカー・マーシャ。

デ・ニーロ演じるルパート・パプキンはコメディアンを夢見る34歳の男。独身で母親と暮らしてる。
自室で自分主役の妄想コメディショーを繰り広げるのが趣味。
ここは「JOKER」のアーサーとそっくり。なんならアーサーよりイカれてます。
部屋の壁に大観衆のポスターを貼り付けて、その前で日夜ショーを繰り広げてたり、憧れのコメディアン、ジェリー・ラングフォードの等身大パネルの横で上から目線にトークしてみたり。

人気者のラングフォードがストーカー女に付きまとわれてるところをデ・ニーロがうまく救ったのが事の始まり。
憧れの有名コメディアンと言葉を交わすことができた!
「ファンです。僕もコメディアン志望です(もじもじ)」
それだけでよかったのに、「今度、自分のジョークを聞いてほしい。例えばランチ後とか」と踏み込んでしまったルパート。

「OK!今度、事務所に電話して!」

社交辞令というのは私でもわかる。
ルパートは本気にすんだろうなというのもわかる。それがおもしろい。
そこから予想通りの図々しさを繰り出すルパートですが、しつこすぎてなんか泣けてくるんですよ。ランチも成立してないのにコメディアンとして認めてもらおうとか。でも嫌いになれない。
私だって勇気が暴走することあるかもしれない。そんで「OK!事務所に電話して!」なんて惚れたスターから言われてまんまと事務所に電話しかねない時代がどこかにあった気がする。でもみんなそういうとこあるでしょ?必死で押し込めるか、うっかり出ちゃったかの違いだけで。
「誰にでもある(けど絶対見たくない自分)」をずっと見せられてるような映画で、おもしろいんだけど悲しさやドキドキも募るのです。

そんでマーシャですよ。
どれだけストーキングしてるのか知らんけど、「今日は彼、ずっと事務所内にいるわね」というのを知っている。
ルパートはそのへんまだ甘くて(笑)受付に「外出中です」と言われたらひとまず信じる。
「じゃあずっと待ちます」というウザさ全開だけど。(でもうまく追い返される)

そのルパートとマーシャ。
「あんた、彼の付きまといやめたら?」と互いに思ってる。
鏡!自分の見たくない部分が権化として現れた。
付きまといじゃねーし!こいつなんなの!?と街なかで大げんかしてるとこすごかったです。
もしこの嫌悪感を「自分を見てるかのよう(映し鏡?)」と感じられれば、あんな愚かなことしなくてよかったのかもしれない。あろうことか2人は手を組んでしまった。

どこからどこまでがルパートの妄想かわかりにくいところありますね。
ここも「JOKER」に似ています。
ルパートの妄想は、最初から最後まで「自分!自分!」だった。ラングフォードみたいになりたい!共演嬉しい!とかじゃなく、ラングフォードより上を行く妄想を何度も描く。
「なんのために?」と周りは思う。なぜここまで「自分」を示したがるのか。
それは、ルパートの一世一代のジョーク内に表れてるということでしょうかね。
汚いジョークを多数交えた。笑えないし悲しすぎ。
誰がそんな話を聞きたいと思うのか。今までどんな事務所にテープを送っても、この部分で眉をひそめられたはず。
でもあの夜、奇跡が起きた。
「ほらね(大成功っしょ?)」というドヤ顔がまたうまいんだ、デ・ニーロ!!
あの首の傾け、ムカつく〜けど自分も部屋で真似したりして…。

 

「昔、自分の歌声を録音して…」という話を人から聞くことがあります。
私も録音したことがある。けど自分からは言わず、誰かの告白に「実は私も…」と後出ししたことしかない。恥ずかしい過去。自意識過剰すぎるから。
歳をとるごとに恥ずかしさも消えて告白しやすくなったとはいえ、「なんのために?」という疑問をまともにぶつけられるとやっぱへこみますね。
ぶつけんなよ!録音したことないなんて普通気取りかよ!って本当は言いたい。それは恥ずかしさ以上に輝かしさとも思ってる魂の怒り。
ルパートはその輝かしさに1ミリの羞恥心も抱いてないらしい。
「そういう図々しい性格」というよりも、自分のネガティブ面を見ないようにするあまりに肥大した物悲しさがなんか浮き上がってくるんですよね。

マーシャも同じ。「愛してる」だけじゃ愛じゃないのに、愛ということにして自分自身を正当化している。そうじゃなきゃ多分生きてこれなかった。
信頼感も何もない。相手が不快に思ってることも気づけない。自分の愛。それは素晴らしいのだから今からあなたにあげます、それが通用すると思ってる。
愛を無理に成立させようともがく。色気の育ってない白い下着が悲しかった。青いまんまでやけくそになった時の暴力性って本当怖いです。

最後の最後。
あれは妄想か現実か?という論争が今でもあるようですが、私は現実に思えた。嫌な余韻が強く残る。嫉妬も交じってるかも。こんな男が?と。
この複雑な嫌悪感は令和の今でも感じまくってますよ。こいつの何がおもしろいわけ?という目の前のフィーバーとか。「じゃあ見なきゃいいじゃん」と言われて幾年月。私もまた、自分を正当化できる何かをずっと求めてる。好きなタレントの意見に激しく共感したときの自分のドヤ顔とルパートの妄想は地続きかもしれない。
最初から最後まで、「おもしろい」という感情がずっしりくる、重石のような映画でした。

 

この週末は邦画も2本見ました。最近のと10年くらい前のと。
「おもしろい」とちょっと言えないのでタイトルは伏せます。
邦画をつまらないと感じちゃうゆえんは「長さ」がひとつあると思う。
今だいたい134分くらいですよね。108分とかで100分切ってもいいよ。
「キング・オブ・コメディ」は108分。
ワクワクしながら見てたのに「長い」と感じた退屈さが後に残ってしまう。特に最近の作品はミュージックビデオみたいなところがやたら長い。このおしゃれ風なところ何分もいる?みたいな。なんて偉そうに言っちゃいますがね。
そりゃ全作品は見ていない。
でも「2時間10分も満足できるかな?」という警戒心を抱いて何年経つだろう。
なんか全然残らなかった…という2時間超をどんだけ繰り返してきたことか。
その疲労感は私だけじゃないはず。映画離れが言われて久しいけど、「観てもらうために」というあたりの何かが、邦画と洋画で価値観ずいぶん違うように思います。
長いからつまらないと感じるのか、そもそも心をつかむ握力が弱いのが邦画なのか。個人的な肌感覚としては「鉄道員」あたりから何かが変わった気がする。

海外の名作は「つかみ」がまた絶妙で、「つかまれた!」というのは胃袋に重石がのっかったような身動きの取れなさ。それが邦画には圧倒的に欠けてる…と思っちゃう。
嘔吐シーンも相変わらず多い邦画。エンディングのおしゃれ感に女性の裸、乳首。誰がそんなに待ち望む?「これ入れときゃ名作っぽい」のムードが20年くらい変わってない。
それに制作側は「この名優間違いない」と思うのかもしれないけど、観る側として「この人出てると大体おもしろくない」と嗅ぎ分けてしまう。
その役者の名前をわざわざ書いたりはしない。それはできないと思うほどの大俳優。いい人そうな。でも大体おもしろくない。大体正義感強い役。涙映画。それで130分とか146分とか。
アクションシーンとか鬼気迫る演技とかで「すごい」と言われる役者は多い。でもすごい=おもしろい作品とはまたちょっと違うんじゃないですかね。

この時代、せいぜい80分とか110分に収めてほしい。それにどんなに興味ある役者が出てたって、やっぱストーリーじゃないですかね。
そして原作ものの映像化。
文学だからこそ成立してた世界観が、映像化された途端にただのゲス男みたいになるのもつらい。
平成以降の邦画に共通するふわっと感、相変わらず「役者頼み」なとこがあり、なぜこんなにふわっとし続けるのかといえば、それは社会問題が扱われないからじゃないのかな。
人の心の重石になるものといえば、「痛いほどの心当たり」と「目をそらしたいような社会問題」あと「異常なセンス」と私は思う。
80年代の森田芳光監督とか大林宣彦監督、角川映画、伊丹十三や北野武、松田優作主演作品はこの異常なセンス満載だった記憶です。異常な主役、奇怪な展開とかですね。
「男はつらいよ」はほとんどが100分台。つかみは最高だしユーモアと社会問題が感じられる。寅さんという男が社会問題背負ってるんだけど…ああいう映画はもう生まれないですかね…

週末2本観たうちの1本は社会問題満載でした。
役者の演技はすごかったけど、退屈してしまった。
社会問題=重い。そりゃそうなんだけど、それをユーモラスに描くのも邦画の苦手分野なんでしょうね。
134分ずっと重いというのは耐えられない。
韓国映画・ドラマに惹きつけられるのは、貧困や差別などの重すぎるテーマを描きつつかなり笑えるから。
「万引き家族」は今思うと韓流っぽいかも。深刻すぎるけど図々しいほどのユーモアもありましたね。そんで「あなたはどう思う?」という問いかけを強烈な余韻として残すという。忘れられない映画です。

「最近みんな映画館に足運んでくれないっすよね〜」という制作側の声にもモヤモヤ。
まるで映画を見ないこっちのこらえ性がないような、節約世代みたいな。ネトフリに奪われた、みたいな。
配信のよさは、途中で停止できることでもあるんじゃないですかね。倍速する気持ちも最近わかってきた。

「ドライブ・マイ・カー」はどうだろう?観たいけど178分。長い!!

 

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