「半径5メートル」野良犬回

NHK「半径5メートル」は毎週録画をしてましたが、数話見て外し、そしてまた戻した。

いつの間にか芳根京子さんと毎熊克哉さんが同棲してて、家の中に毎熊さんがいるってドキドキだな!と予告の数秒に惹かれたらまた見たくなりました。
芳根さんも最近光り輝いてますね。

だけどなぜ毎週録画を外したのかが、やっぱりよみがえってきたような。
今週の野良犬回。
「野良犬は野垂れ死ぬしかないってか?」というタイトルでブログを書く女性インフルエンサーをピックアップした回です。
就職氷河期世代(1970〜1980生)を取材対象としたふーみんこと前田風未香。
ものすごいえぐられた。
見てるのがこんなにもつらいということはあまり記憶にないです。

 

「あなたの相づちさ、すごいひと事に見えたよ」

取材後に永作博美さん演じる宝子がふーみんに言ったこと。本当これがすべてと思った。
突っ走るふーみんを常に冷静に見てる宝子。
宝子がこのドラマにいる意味はとても大きい。

「半径5メートル」はなぜか見ててモヤモヤするんですよね。
ふーみんのキャラがあまり好きじゃないということもある。
様々な社会問題を「ひと事にはしない」という強いメッセージがドラマを貫いてるのはわかるけど、えぐり方が誰かにはとても残酷なんじゃないのかな。
誰かって、その問題の当事者。自分に近い人が取り上げられればいつも癒されるわけじゃないんだ。

 

私自身、就職氷河期世代ということは自覚してるけど、現状「非正規」ということを殊更憂いてたりするわけではない、つもりでいました。
「氷河期世代」で検索すると、「むやみに非正規を選ぶべきではない」という説教記事にぶち当たる。
むやみ。私の行動はすべてむやみだった。
でも「この先に何があるかわからない」、その備えのために自分らしく身軽になっただけのこと。
同時に閉塞感や抑圧に甘んじるのがとにかく苦手で、ボーナス蹴ってでも非正規となったその行為は今じゃ簡単に自己責任論突きつけられることと思う。
数年前からは副業チャンスに賭け、今年ようやっとその副業も安定しそう。今の自分を特別みじめに思ったりしてないのです。そりゃ派遣切りにあった人のショックは計り知れません。
今回の「半径5メートル」、必死で保ってた何かががらがら崩れそうだった。

須藤理彩さんの役がむちゃくちゃリアルだったんですよね。
だけどが非正規独身アラフォーでバイト掛け持ちって世間的にあんなにみじめに見えてんだということがかなりショックで。ああういうふうに描かれちゃうんだなって。
20代の正社員に「助けてあげたい」と思われる。もちろん物語でも須藤さんは怒っていた。

私はあなたのような名刺も肩書きもない。でも資格はいっぱい持ってるのよ

 

塾講師時代の教え子だったふーみんが、今は大手出版社のライターとして須藤さんの目の前に現れてから、光と陰が急にくっきりし始めた。
須藤さんは自分が「陰」に一方的に置かれることを嫌い、芳根さんからの派遣切りのことを聞きたいとの取材依頼もドタキャンする。
ふーみんは「今までもらえるはずだったお給料のために戦いましょうよ!(弁護士紹介します」と意気込む。
須藤さんは「でも誰が悪いわけでもないと思うの…」と目を伏せ、「いい会社だったしお世話になったし、敵に回したくない」と。

一方、もう1人の氷河期世代取材対象は女性ブロガー。渡辺真起子さんの説得力がまたすごかった。本当魅力的な方です。
彼女の非正規としての8年にわたる屈辱感や怒りを取材するのがふーみん。
最初は渡辺さんのつらい状況に心を寄せつつも、だんだんヒートアップする渡辺さんの激しい言動に圧倒されるふーみんは、「全世界の人に土下座してもらいたい」という強いメッセージを記事から省いた。
それを猛烈に怒る渡辺さん。

私は”あえて”強い言葉を使ったの。耳障りの良い言葉なんて誰にも届かない

 

どちらの気持ちも私はよくわかる。何にも声を上げない、不満もにじませない、現状に甘んじてると他から見られても甘んじてるつもりもない女性。
一方、怒りをなんらかの形で発信して、これは自分たちだけの問題じゃなく社会の・国の問題と世に訴えかける女性。
私自身はこの中間かもしれない。甘んじるなんてとんでもない思いもありつつ、怒りや疑問を発信できるブログという媒体を持つ。

「イチ抜け」と「何を言っても変わらない」
これを嫌というほど見せられたのが氷河期世代とも思います。
競争や勝ち抜けが死ぬほど嫌んなった。そんな人はとても多いと思う。
高畑充希さんは最近インタビューで、「結婚っていい人をとる椅子取りゲームみたいで少し怖い」と言っていた。それな!という思いを嫌というほどしてるから、「私はもうこのままでいいんです」というマインドが育っていくのは美学的にそんな悪くない。と思っていたし周りもそんな女性ばかり。
だから時に「優しい世代」とも言われるし、「自己肯定感が低い世代」とも言われる。

私の周りは実際、自己肯定感が低いかどうか?それすら意識してない人が多いように思います。だから特別低くもないんだと思う。でも「低い」と周りから見なされがち。
「これでいいんだ」という現状肯定の中にはもちろん大いなる諦めもある。でも本当に「これでいい」と思ってる。それは数十年単位の社会的洗脳ゆえとも思うのです。親からも教師からもTVからも、どこかの思惑通り、とても上手に染まれた世代だった。だからどうしようもないのです。
いつだってこういう「はざま」のような世代が出てくるんでしょうね。いつだって何かの板挟みの中でバランス取るしかない。まさに冥王星天秤座世代。
しかもなりふり構わないのは断固拒否。勝てないのなら美学を大切にしたい。
渡辺真起子さんのように吠えてこそ支持される人は冥王星乙女座世代と思う。同じ氷河期世代といっても随分違うんですよね。

 

私は最近新しい職場に勤めて、そこでは20代30代が大活躍してる。
うわぁ…すごいなぁと尊敬したのもつかの間、正社員としての生きがいや喜びを思い出してちょっとせつなくなった。
私はなぜ捨てたんだろうね。非正規が落ちこぼれに見えてもしょうがないのか。「否!そんなことはない!」という強い矜持みたいなものが、野良犬回でがらがらがらと。
だけど物事なんでも反対から見るくせがついたもんで、正社員の「転落したくはない」という恐れも私は知っている。「転落するはずがない」という思考停止感も。
「一生」なんてことは誰にも保証できません。なのにあちこちに一生神話がまだはびこってさ。愛もマイホームも企業も自分の席も。
東日本大震災が起きて、永遠とか堅牢とかに冷めた目を向けるようになった。
江戸はあまりに大火が起きるので、いっそ燃えやすいように長屋は簡素な造りだったという。
そして江戸っ子はものを持たない。逃げやすいように身軽。非正規結構じゃねぇですかって昼でも横になってうちわをあおいでる生活が、人から見たらとってもかわいそうな暇人。これを突きつけられたようなショックが大きい。もちろん働いて働いてじっと荒れた手を見るしかない働きづめの非正規もとても多いはずで。
次もバイトあるっす!資格生かすっす!と歯を見せて電車に飛び乗った私を、正社員たちはどんな目で見てたんだかね。
そしてドラマは芳根さんが激怒の渡辺真起子さんに許されて涙流して再チャンスをものにして…という落としどころ。惨めに描くだけ描いて最後は許す人。いい人じゃん…(怒)
200万くらい、ロスジェネ非正規に振り込まれてくんないかなと割と本気で思ってる。そしたら穏便にこれからも過ごせるのです。それは保証できそう。

 

 

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