おもしろくない原因がわかった

数ヶ月前にIKEAで椅子と簡易テーブルを買ってから、模様替えを何度しただろう。
ハマる位置がなかなか見つからなくて。

何度目かの配置にしてから数週間。
ここから、おもしろくない日々が始まった気がする。

というのは、私ってば半径5メートルほどに必要なものをそろえたいタイプで、模様替えをしたことでステレオと本棚が遠くなってしまった。
好きなタイミングでヒョイっとコンポのスイッチを入れてCDをかける。
本棚からサッと料理本などを引き抜いて献立を考える。
はたまたプログレス天体が移動した日には、ちょっと腕を伸ばしてサビアン本を手に取ったりする。
これが私の暮らしにとって大事なことだった。
音楽と本から遠ざかるって自分にとって危険なことだったんだな。

そしてまた体調不良や検査ウィークだったことも気が滅入るゆえんだった。
いずれの検査も胃カメラも異常なし!!
よかった…
不安を抱えたこの数日、もし自分が余命僅かだったら…なんてことまで考えてみたりした。

何も浮かばない。

時々「明日死ぬと思ったら全力を出せる」みたいに言う人がいるけど、そりゃ体が元気なうちはそんな大きなことも言ってみたい。
でも不調や不安があるときに全力なんて出せない。仕事がなければ布団の中でくるまってたい。
自分は検査前、それなりに痛みが続いてたので、何か末期なんじゃないかと思ったりもした。
でも「あれとあれをやっときたかった!」みたいなものは一切浮かばない。
そんな自分のマインドにもがっかりしたけど、ただ内側のどこかで「自分は多分重病じゃない」と感じられてたからかもしれない。

ただお金のこと。
自分の貯金はどうしたいか。
これはちょっと考えた。

現実的に考えれば、非正規でこれから入院や手術となった場合、貯金の半分くらいは減るとして。
残りはやっぱり実家・きょうだいかな、と。
これで葬式でも出してくれ、みたいな。
たとえ今好きな人と暮らすことになったとしても、この人に渡したいという気持ちにはならなかった。
そりゃある程度生活をして、実感としての日々の支え・その感謝が積み重なっていけば渡すものはあると思う。
でも暮らしてもない相手に好意だけでお金を渡したいとかは今は思わない。

好きな人とは今も時々出かけたりするけど交際はしてない。
もし自分が重病だったとして。
言えないなぁと思う。
というか、言わないほうが気楽、相手のことを配慮する余裕も無くなるだろうから。
現に体調不良マックスのとき、自分のことしか考えなかった。
相手に何も期待することのない「完全にじぶん1人」みたいなマインドはすっきり感もありつつ、固まっていく餅のような冷え切った心を感じた。
これがインフルエンザとかだと違うと思うな。
彼にちょろっと知らせてみたいし、「何か届けようか!?」みたいになんないかなぁ〜くらいの期待はしそう。


ローテーブルをまたコンポと本棚そばに横付けして、母親に検査異常なしの連絡をしてお茶を飲んでいる。
安らぎ・・
「ぽかぽか」を録画までして岩井の話を堪能した。
岩井、いい顔してる・・

結婚報道は驚いたけど、岩井っぽさも感じた。
いろいろワケがあるんだとしても、とにかく変わり者の岩井にぴったりな話と思ったですね。
年上目線で「いろいろ教えてあげる」系じゃなさそうだし、誰にでも対等そうだし。
岩井は堂々とダサいことをやるとこがよくて、相手が20歳になるまで待ちました、みたいなのをやらないのが岩井だなと。

エッセーもおもしろいです。

(「僕の人生には事件が起きない」)

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