「岸辺のアルバム」その2

物語もあと5話でおしまい。
でもこの7〜10話は切なさが匂い立つようなシーンがいくつもあって、何度も涙をにじませた。

特に9話ですね。
国広富之さん演じる繁に泣けてしょうがなかった。
たぶん自分を重ねたんでしょうね。
山田太一作品は、「ふぞろい」も「早春スケッチブック」も、末っ子が家族結束のためにすごく心を砕く。

家事や内職に励むお母さんの日常をよく見ていて。
機嫌の悪い父親からなんとか笑顔を引き出そうとする。
ツンツンした姉には「早く帰ってこいよ!」と家族団欒の誘い。
誰よりも家族思いなのに、その奮闘は報われない。
「ところで成績どうなってんだ」「食べたらすぐお勉強しなくちゃね」「あんたってバカなのよ」と言われる日々。

「そんな…人の顔見りゃ勉強勉強言うなんて…」
「僕はただ、4人で晩飯食べるなんて久しぶりだから…」

国広富之さんの健気さが泣けるんだこれが・・
なんでもこの作品がデビュー作で、ゴールデン・アロー賞を受賞されたそうですね。
そりゃそうでしょうよ。
彼がいつでも家庭崩壊の堤防となっていた。
八重歯輝かせて、目をキラキラさせて。

八千草さんが浮気するまでは、この親子はまるで恋人みたいだったんですよね。
雑談を2人でとても楽しんでいた。
家庭をかえりみない夫、家族を毛嫌いする長女、この2人の嫌な感じを吹き飛ばすように、「2人でご飯食べちゃえばいいじゃない」「ふふふ、繁ちゃんたら」あのころはそれが幸せだった。

それが八千草さんが男と会わなくなってからは息子の雑談にもうわの空。露骨に退屈そう。
「ここでおしゃべりしてる場合?」と、すぐ勉強に向かわせる。
二言目には「受験」「お勉強」
それでも明るく振る舞う繁ちゃん。
なのに大学に全部落ちて、父親に殴られる!

母親の浮気現場を目撃し、姉を乱暴した恋人に殴りかかり、父親に歯向かえばすぐ怒鳴られる。
家族それぞれの鬱屈が全部繁にのしかかるんだぜ。
そんなメンタルじゃ受かるものも受からないだろう。
それでも繁はただ自分を責める・・(涙)

そんな繁の人間性を唯一評価するのが、津川雅彦さん演じる担任。
「無理に大学行かせなくても」「彼は本当に性格がいい子だから」と母親に伝えるも、成績じゃなくて性格かよと八千草さんでさえがっかりする。なんて時代だ!
そんで、この津川さんですよ。
なぜ津川さんを当てたのかという意味が7〜10話でわかる。

TBSチャンネルより)

妊娠した中田喜子さんが頼れる大人といえば、繁の担任しかいなかった。
津川さんは初めて喫茶店で律子(中田さん)を見かけたときからその美貌に驚いて、あの表情はさすがでしたよね。
なんかある!と思わせるやらしさというか。
中絶立ち会いの感謝を律子にされてもまっすぐは受け取らない。
「自分はこんな年でも独り身で、ただの薄汚い高校教師」と言う。
薄汚い高校教師・・・
似合いすぎる。津川さんにぴったりの設定じゃないですか。
あの問題作「高校教師」も、このシーンをモチーフにしたんじゃないかと思うほど。

津川さんが律子を連れて行ったのは、同級生が営む小さな産婦人科。
その医者が草野大悟さんと!!
51歳で急逝された草野さん。
80年代に強烈な印象を残した俳優です。
このときの草野さんはまだ30代で痩せていて、宮藤官九郎みたいだった。

家族ってなんだろう。
家族ってそんなに!?
今の私は家族の干渉を嫌う律子の気持ちがわかるけど、本当は心に繁ちゃんがいる。
繁みたいに奮闘してもあまりに報われないから、律子路線に舵を切ったとも言える。
「お母さんが浮気くらいしたっていいじゃない」
「私が何しようと関係ないでしょ」
家族といえども1人の人間。
田島家で一番、母をうざがる律子だけど、母の自由を一番尊重してるのも律子。
繁ちゃんはお母さん大好きだけど、家族以外の男性と親しくするのは複雑。
ずっと家で掃除したりご飯作ったりしててほしい。家にいつもいてほしい。

則子(八千草薫)はいつでも正しく尽くす。
酔って玄関で寝てしまう大柄な夫を担ぎ、異変を感じれば「お仕事大変なの?」と気にかける。
子どもの帰宅が22時過ぎれば「どこ行ってたの?」と聞くし、勉強を息子にうるさく言うのも夫から託されてるような義務感。
夫がどんなにイラついて自分に暴言を吐いても、夜にはその隣に寝なきゃならない。
それがあの時代の模範的な妻/母なのに、うっとうしいんだと一蹴され、この暮らしのどこが幸福なんだと虚しくなりつつ、模範的な路線からはみ出ることができない。
できなかったんだけど…!
はみ出してみた夏。
それを打ち明けていた友は膵臓癌であっけなく死んでしまった。
唯一浮気を肯定してくれていた友。

そして模範路線にまた戻る。
男と会うのをやめ、息子の受験を献身的に支え、浪人生としてまた爽やかにスタートを切る息子にほっとしながらも、自分の心はあのころで止まったまま。
家族で久々笑顔の食卓でも、ありきたりな会話じゃ心は満たされない。
そう演じる八千草さんがすごいんですよね。
家族ってなんだろう。
家族ってなぜこんな空虚なのか。
それを見透かすように土手の上からこちらをのぞく女。
沢田雅美!

だけど山田作品は、家族の結束をなんだかんだドラマチックに描き切る。
誰といてもいなくても、みんな寂しげなんですよね。
みんな孤独だからみんなに心を重ねられる。


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