現在88歳の私の母。
要介護度1と認定されたのは2年前。
認知症専門病院を受診して服薬を始めたのは今年前半。
70後半にすでに忘れっぽさがありました。
あれは老化なのか認知症の始まりだったのか。
83、4のときかかりつけ医に相談したら「まだ大丈夫ですよ」と言われたのです。
ちゃんとした認知症病院にかかったら薬が出たのかどうか。
わからないけど、「あのころより良くなってる」ということが今、結構あるんですよね。
例えば80に差し掛かろうというとき。
あのころ母は自転車にも乗ってたし、1時間以上かけて電車でコーラスに通ったりと活発な日々。
だけど、やたら財布や鍵を探してた。
「なくさないように」と大事にしまっておいたのが裏目に出て、いつものところにない!ということがよくあったんだけど、1年くらいでその探し物行為は消えました。
それが消えたころ、今度は待ち合わせの時間感覚がおかしくなって、例えば「12時に着くから駅で待ってて」とメールすると11時に待ってたりする。
待ってる間、メールも見返さない。
それも1年くらいで消えた。
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物忘れの初期段階って、相当混乱症状が出やすいようですね。
その時期は本人とても苦しそう。
素人なりに母親を見て感じてきたことです。
ここんとこの自身の忘れっぽさに「そんなはずはない!という焦りと、死が一気に迫るような絶望が、外側からも見て取れる。
この初期混乱段階で性格が変わったような怒りや落ち込みが表れたりも。
でもその状態に慣れる時期が訪れると、感じた・母の場合。
すると、本人も周りも「あの異変、なんだったんだろね」と、いったん安堵して、「病院行った方がいいかな?」という話し合いが消えたりもする。
この受診のタイミング、拒否する母親の対応などは私の場合、ケアマネさんや認知症相談ダイヤルでのアドバイスがとても参考になりました。
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今、私と兄でタッグを組んで母親の介護にあたってて、その足並みは大体そろっていると思います。
多少の衝突はあっても、役割分担はうまくいっている。
そのさらに上に姉がいて、姉との足並みがそろわず一時とても悩んだことがありました。
姉と話し合うと「どっちの意見が正解でどっちが絶対間違い」という、グレーが許されない感じになってしまう。
母親はよく、「病院で認知症認定されるのは死刑宣告と同じ」と言っていた。
私はその恐怖を尊重してあげたいと思ってたけど、姉にそれをわかってもらおうとすると激怒されることが続いていました。
それに疲れ、亀裂が入ってしまった。
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今年から服薬している認知症薬。
最初、この薬は効いてるんだかよく分からなかったけど、微妙に進行が抑えられてるような気はしますね。
前はデイサービスで何をしてきたか忘れちゃってたのが、今は職員が男前だとか言ったりする。
ただ、これは薬の効果なのか、新しく行き始めたデイサービスが(男前との出会いが)楽しくて刺激になってるからなのかはわからない。
本人が幸せそうならば、できないことが増えたって大きな問題じゃなくなる。
ただ、きょうだいって親や実家のことで分かり合えないと罵り合いに発展しかねないんですよね。
失敗も経験も積み重ね、今が幸せそうなら結果オーライじゃない?と思うタイプの私。
でも結果オーライをすごく嫌う人っていますよね。
適当さの積み重ねで綱渡りをしてきたルーズの極み人間みたいに姉から敵視された私ですから。
でも私から見える姉だって、自分の不安で周りを動かそうとするように見えた。
自分だけで不安を解消できず、なぜか周りを振り回すんですよね。
私がメンタルを崩したのは姉とのいさかいがきっかけなので、このあたりの下書きを書いてるもののうまくまとめられず。
家族の話ってコンパクトにするの大変です。
体験シェアできることがあったらまた何か書きたいです。