「燕」の最終回と「家族だから」

ちょっと前だけど、ドラマ「燕は戻ってこない」の最終回はすごかった。

リキがいよいよ双子を産んで、草桶家はどんなふうに振る舞うか?ってとこが描かれる。

いやぁ〜草桶夫妻はひどかったですね。
特に悠子は自分こそ悲劇の女と周りにアピールしておいて、目の前の代理母が子を産んだら、自分のセレブ力を存分に使う。
この世は結局セレブに搾取されるようにできてるのかも。その暗示を目にしたようだった。

リキは悠子の変化にショックを受ける。
前なら親身になってくれてたのに、産後は「子どもの前からすぐ消えます」という書類にサインしてほしいと迫ってくる。

でもリキはすごく変化しましたね。
子どもはすでに自分の一部みたいになっていて、引き離されると思うと涙が出るほどつらい。
帝王切開での出産の痛みや高熱に苦しんで、それを怒りやみじめさと結びつけられるようにもなった。
これも自己責任?とんでもねぇだろという疑問。
プロジェクト初期に卑屈だった自分にも腹が立つし、まんまと見下してきた周辺に今更ながら信じられない思いが沸き立つ。

石橋静河さんが赤ちゃんを見つめるたびに泣いてしまうシーンで私も揺さぶられました。
赤ちゃんってテレビ越しでも人の母性を刺激してきますね。
リキと同居してきたりり子は「ホルモンバランスでしょ」とあっさり言う。
母子にまつわるあらゆるものが神格化されてしまうのはなぜなのか、そんなことは知らんと。
出産経験がない人ってそういうこと言うよねーというシーンに見せかけてるけど、神格化vs生物学みたいな永遠の噛み合わなさにも見えた。
確かにそこで争っても不毛でしかない。
子持ち様論争は、母子が神格化されたら何も言えない鬱屈が、何かの隙を縫って現れた一部分かもしれないと思った。

神格化でもホルモンバランスとしても、「引き離されたくない」という感情はそのときの答えなんだと思う。
その時々で忌まわしい感情を抱く自分を責めて隠してきたリキ。
搾取されることをそうとは気づかない人はすごく多いと思う。
私も最近の個人的なあれこれとか都知事選の結果とか、自分はこれからも搾取される側なんじゃないかとうっすら絶望した。
自分の「意志」しか味方につけられない。
意志と決断、行動。
ただ、行動したってすぐ追っ手に捕まってまた搾取されるか、すり抜けて生きることに命を削る思いをするか、リキの未来。
ドラマ的にデフォルメされた搾取感としても、私も自分を重ねたんですよね。

そんで「燕」のあとのドラマが、河合優実さん主演ドラマというじゃないですか!
「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」
最初はBSで放送されてて、BSっぽいな〜という感じ。
すんごく変わったドラマ。個性的。独特。

おそらく「河合優実さんの隠れた名作を見たい!」という旋風が吹いたんだと思う。
いやぁ、うれしい旋風です。
河合優実さんがめちゃ魅力的。
弟役でダウン症の草太にもすぐ胸を掴まれたし、なんたって母役が坂井真紀さん。
これはただならぬドラマですよ。
河合さんの親友役・福地桃子さんは親がマルチ商法にハマってて、学校で「マルチ」と呼ばれてる。
うわー、ぐいぐいくる設定。
でもほぼ実話なんだそうですね。

私の母親はできないことがとても増えて、その兆候の現れ始めは家族に悲壮感が漂っていた。
でもそのうち結束に変わる。
「工夫して生活を波に乗せてこ!」みたいなライトな連携が生まれる感じは、ドラマと近しいものがあった。
それでも家族に不安を拭い去れない人がいたりもして、ドラマだとそれは母役の坂井さん。
息子の草太にお金を持たせることができなかった。
「信じてみようよ」と、工夫の第一歩を提案するのが河合さんで、提案しつつフォローもする。
初めてのおつかいに出た草太をこっそり尾行したりして。
世話が焼ける…と言葉には出さないけど、面倒さと達成感が入り交じる日々はそう悪くなさそう。
多忙な母を「死ぬどー」とさらっと気遣ったり。
このさらっとしつつ気にかけるとこが河合さん本当うまい。
高校生という青春時代のナイーブさとか、1軍女子にはなれない怪しさが見ててすごく楽しいんですよね。
私が河合さんと同世代だったら、あんな演技をしてみたいと劇団の門をたたくかもしれないと思った。

河合さん演じる七実は今まだ高校生。
家族の問題を自分の奮闘でクリアしていく鮮やかさに、自分の若い頃を重ねた。
いちいちクリアしてったはずなのに、年を重ねるにつれて不思議と重くなる何か。
解決してきたはずなのに?
頑張ってきてさらにこの事態?
1話の終盤では母親が動脈乖離で倒れ、一命は取り留めたものの足の麻痺が残る。
父親はすでに死んでる状態か転勤かで家にいない。
高校生の七実の日々はどうなるんだろう。
このときの大変だった日々は、七実の成長にどう影響していくんだろう。

「私、かわいそうと思われてたんだ」と七実が気づくシーン。
「下に見られてた」ということとどこか同義。
でも「おもしろい(そこが憧れ)」と友人・マルチから言われて、「私おもしろい?」と驚く七実。
なんかここで泣きました。
自分の放つものが人と違うと気づいて、悩みが一層深くなるってことがある。
そこがいいんだよ、と言う人をずっと待ってたつもりもないけど、浮きまくる日々を恥じることもなかったんだとわかって泣けることもあった。

この間、久々に整体に行ったら、施術中からずっと「もう合わせたくない!」という思いが上ってきた。
そこの先生がちょっと霊感っぽい人というのは関係あるのかないかわかんないけど、「本来の自分」を久々感じたような気がしたんですよね。
誰がお前に合わせるかよ。
これまでの反動でひきこもりたくなった。
べつに受け身でいてもおもしろいドラマは放送される。
でも、こもってられない用事が何気に日々に詰まってて、それが自分を支えてるとも言える。
これからは「楽しむ」なんて期待と魂胆からフリーになりたい。
朝起きて、用事済ませて、寝る。
それだけで独特な自分らしさは醸成されるはず。
このドラマを見続けるだけで、誰と・何と波長が合うのかがはっきりしてくる気がするんですよね。







コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です