「さびしんぼう」「百円の恋」

たいした感想文が書けないのに、映画のことばかり続きます。
魚座30度による何か刺激が起こってるんでしょうか。

「さびしんぼう」とはあの大林宣彦監督の尾道三部作の3作目です。
1985年。

主役は尾美としのりさんですが、相手役が富田靖子さん。
この富田靖子さんが…!!
素敵すぎて言葉になりません。

なんか泣けるらしいということは聞き知ってました。
そんでやっぱり終盤号泣してしまった。途中まであんなに涙と無縁っぽかったのに。
「さびしんぼう」というタイトルなのだから、少女の寂しさに泣けるのだろうなと思ってたら、なんと「お母さんの寂しさ」が迫る物語だった!

この映画を薦めたい人
・富田靖子さんを堪能したい人
・尾道の風景に思い入れがある人
・大林監督の作品に触れたい人

大林監督らしく、時空がちょっと不思議な物語。
だけど、どうしたらこんな物語を想像できるのでしょうねと。

尾美としのりさん演じるヒロキが、趣味のカメラのファインダー越しにピアノを弾く富田靖子さん・百合子の横顔を眺める日々。
ある日、ピエロのような格好をしたオーバーオールの少女がヒロキの生活に入ってくる。「さびしんぼうだよ」と。
このさびしんぼうも富田靖子さん。一人二役で演じてます。

ちょっと複雑なのが、このさびしんぼうが実は16歳の頃のヒロキの母。
42歳のヒロキ母は藤田弓子さんですが、この二人は同一なんだということや、いろんな不思議さも実にわかりやすく描かれてるのです。

ヒロキ母は最近やけにヒステリックで、勉強しなさいとか、なぜだかショパンの「別れの曲」を練習しなさいよとか。
あるときはヒロキのいたずらで学校から呼び出しくらって、そのことを夫・小林稔侍さんにくどくど愚痴るけど、お寺の住職である夫は念仏を上げるだけで妻と向き合うことはほぼない。
「さびしんぼう」がこの家に現れてから、母のヒステリックがますます病的になり、「ノイローゼ」だなんて周りから言われたりも。

あのころの42歳というのは、おそらくイライラしてたら今以上に更年期とか言われてた時代。たぶん。
大林監督はそこに光を当てたように勝手に感じてしまって泣けたのかかも。
16歳のあのころはお芝居に打ち込んでて、「さびしんぼう」という役で舞台に立ってた母。
そのころ大好きな人がいて、自分に別れの曲をピアノで弾いてくれた、とても成績の良い人。
名はヒロキ。
その恋はそれっきりで、ごく平凡なお見合い結婚をした母は、生まれた男の子に「ヒロキ」と同じ名前をつけた…。

あとはただ、しわくちゃのおばあさんになるだけ

さびしんぼうのセリフが悲しかった。
お母さんにだって若い頃はやりたいことや表現したいことがあった。
それを全部ないものにして主婦として生きてきても、どこかで必ずあのころが噴き出す。
誰のどんな人生だって、しわくちゃ一直線ということはないはず。
きっと「さびしんぼう」がどこかで顔を覗かせて、人からいっとき「頭おかしい?」みたいに思われたとしても、何かに夢中だった自分がただむき出しになった、それは蓋をしちゃいけないんだな。

浦辺粂子さんが祖母役で、縁側でひなたぼっこしたり一人かるたを楽しんだり晩酌でウトウトしたり、なんとも朗らか。
たとえしわくちゃだとしても、どこかでとてもいい感じに折り合いをつけた姿なんだと解釈した。

尾美としのりさんがまたうまいですね。
弱冠20歳であのひょうひょうとした演技。
ピエロの富田靖子さんが、雨に濡れて黒い涙を流す。
「お前泣いてんのか?」


(U-NEXTより)

大林監督って「黒」を効果的に使うんですよね。
ヒロキと百合子が初めて言葉を交わしたのも、百合子の自転車のチェーンが外れて、お互い手が真っ黒になったあの日。

ここまで書いてさらに映画の感想は続きます。
「百円の恋」
武正晴監督、2014年。
安藤サクラさんがこの作品で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を獲得しました。
体型の変化がすごい話題になりましたよね。
ものすごい大柄な体型から、最後、ボクシングのリングに立つ頃には締まった体型になってるという。

これは安藤サクラさんがどれほどすごいのかというのを堪能できる作品と思います。
基本ずーっとひきこもりコミュ障の役で、体が締まっても「あ…はぁ…」という内気さは変わらない。
そして締まった新井浩文さんも相当かっこいいです。

しかし新井さんというのはやっぱりクズ男の役が似合いますね。
この映画でもクズ度が増す一方。
というかほかにも無数のクズが出演する。
ボクシングジムのコーチだって、最初は入部してきた安藤サクラさん(一子)の面倒をよく見てたのに、一子が「試合に出たい」と言った途端、「なめんじゃねぇぞ」という突き放し。
あれショックだった。男ってなんなの!と。
一子の父親は優しげだけど、基本ぷらぷらしてるし優しげなクズ。
バイトの野間って男がとにかく最低で、一子を襲うクズの中のクズ。どこまで一子を痛めつけるのかと正直見ててつらくなる箇所はいくつもありました。

最近の日本映画に言いたいのは、エロ・グロ・乳首の要素をやたら入れるのってどうなの?と。
これ、映画館で観なくてよかったと正直思いました。
エロはまだしも、グロがあると思わなかったんですよ。
でもちょっと嫌な予感はしてた。
というのは、安藤サクラさんがパンツを脱いで便器に座ってるところとかお尻のアップとか(パンツはいてる)、グイグイの描写が多いなと。基本グイグイの監督なのかもしれないとちょっと構えてたら、嘔吐シーンが出てきた。
私は嘔吐シーン本当にだめなんですよ…あれを入れる意味がわからない。
でもボクシング映画だし、「どついたるねん」でも赤井英和さんが減量で?吐いてたので、そういう予測をつけといてよかった。けどもそのシーンはボクシング関係なかった。
ただ狩野祐二(新井浩文さん)はクズでっせとお知らせの意味の嘔吐。
私がそれを苦手じゃなければよかったんだけど。でもこんな私ですら目元をガードできたので、ヤバっ!と構えるクッションはあります。

なんでそれを入れてくるんだろうとね。
そのへん入れてこないとひよってるみたいになるのかな。
また乳首にも驚きました。安藤さん脱いでたんだ!と。
描写がグイグイ鋭いんですよ〜。

でもこの映画のベースに漂うのは底辺・弱者への寄り添い。
ここはもう徹底されてた。
コンビニの廃棄食材を盗みにくる人への一子の受容感。
社員は「ルールだから絶対あげないで」と一子にキツく注意する。
「正しい」と思ってたことの逆側からの視点が必ず意識されます。
監督は、聖も俗もごまかしたくない方なのかもしれません。
ここ山谷?って思うようなところに一子の働くコンビニはあり、私も山谷をうっかり通ったことがありますが、汚物を描かない方が不自然な世界というのがこの世には確実にある。
そこから私はあまりにも目をそらしてきたからこそ、こんなにも怯えるのです。(実際の舞台は周南市)

思えば美しいものは一切出てこない。
でも、一子がコンビニの仕事を一生懸命覚えようとする姿からもう美しさがにじむんですよね。
髪ボサボサで間違えまくるのに。
その輝きに何人かの男は気づくのだけど、この映画のメッセージっぽく私が勝手に受け取ったのは、「みくびられてはだめだ」ということ。

人はみくびられるとどんな目にあうかわかりません。
「なぁ、いいだろ?」なんて気やすく腕をとられるのも、モテというよりみくびられてるから。
祐二だって一子の女の部分を自分に都合いいように受け取って、そんで捨てた。

一子もそれはわかってるからこそボクシングに打ち込んだ。
踏みにじられてばかりの人生。そもそもは妹からの攻撃的な非難。
最後、「勝ちたかった」と言って泣く安藤さんの前に立つ新井さんは、ただ立ってるだけなのに優しかったんですよね。
美しさとは本当は描かれるものじゃなく、滲んだり見出されたりするものなのかもしれません。

それにしても男性のゲスさがなんともバリエーション豊かに描かれてましたね…。
絶対にみくびられてはなりません!!
あとニート・一子へのお母さんのなんだかんだ優しさもリアルでした。
次女に「甘いよね〜」と非難されてるとことかも。

きれいごと一切なしの世界にも美しさを見出したい人にお薦めの映画です。

 

 

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