女性デーということで

3月8日は国際女性デーとのことです。

「女性の働きやすさ」が、日本は先進国で下から2番目と!
最下位は韓国。
「家庭かキャリアか?」の選択を迫られる状況がまだ続いてる国。

さすがに「家庭か仕事か?」の2択から、「家庭かキャリアか?」に変化したのは感じる。「寿退社」は死語に近いもんな。
といっても私の新入社員時代、4つ上とかの先輩は続々寿退社していった。2000年ごろはまだそんな時代でした。

その他、昔と変わった女性環境を連ねてみます。

・女の一人旅が不自然じゃなくなった
→1998年に1人で関西旅行した当時、「女性1人OK」というビジネスホテルに宿泊。
旅館だとまだ「女性1人泊お断り」が多かった(女が一人で泊まるのは自殺の前触れと思われた時代!)
2003年ごろには女性が夜行バスに1人で乗ってる姿も普通になってました。あのころ1人専用シートバスも続々出現しましたね。

・女の一人外食・一人飲みがしやすくなった
→街にスイーツ店やコーヒーショップができてから抵抗が減った印象。
それでも2000年ごろは「一人コーヒー」がやっと。飲食店で「カップルに挟まれる私…」とビクビクしなくなるのは2010年以降かも。「女の一人飲み・一人焼肉」が増えたのもSNS発達時代以降(2011年以降)の気がします(個人差あり。今でも女性一人でお茶も外食も無理という人はいる)

・女=事務職一択という時代じゃなくなった
→1998年ごろは、一般職:総合職希望の割合は私周辺で7:3くらい。あのころ一般職を進んで希望した人は、「26までには結婚(そんで退職)」と描く割合も多かったんじゃないのかな(私も)。総合職希望の友人は無論結婚後も妊娠後も働く未来を見据えてた。そういう人が世の中をじわじわ変えていったんだと思う。

・結婚後専業主婦が普通(寿退社)という時代じゃなくなった
→さっきも書いたけど、私の姉が結婚したころ(1995年)は寿退社がごくごく普通でした。
私が新人時代の2000年ごろもまだそんなムード。それが幸せへの道と信じられてたし、寿退社しなくても妊娠→退社という流れはあまりに自然だった。当時の職場が堅かったというのもある。
その後、女性ばかりの職場に転職したころは(2005年)「夫婦共働き」が自然になっていた。
でも「仕事か子どもか?」の2択を迫られた女性も多かったようです。
保育所整備なんてまだまだで、「夫婦どちらかの両親と同居あるいは近くに住んで面倒見てもらう」というのが標準だったですからね。

・適齢期がどんどん変わってる
→私の20代前半・2000年ごろ、29歳で結婚の気配がない女性先輩に周りはなんとなく気を遣うようになり、31歳で未婚だと「どうしたんだろうね?」という目が向けられた。
32歳でデキ婚した女性先輩には「大丈夫かね?」という心配が集まり(高齢出産の心配!)、36歳で結婚した事務の女性に「いい人がいてよかったね」と涙を流す人までいる始末。
それが2017年にはアラフォーで結婚・40代で妊娠する女性が一気に増えました。

・女性が取り分けなくてもよくなった
→「いかに小皿にうまく取り分けるか?」「空いたグラスに酒を注ぐか?」に神経注いでたのは2005年ごろまでだった印象です。
2010年ごろには「いいよ、俺たち自分で食べたいもの取るから」と声かけされるのがスタンダードになり、むしろ男性がサラダを取り分けてくれたり、ワインを上手に注いでくれたりする。今思えば当然と思う。瓶重いだろ。酒を注いでくれアピールする男は「あいつ何様?」という冷たい視線を浴びることに。たりめーだ。
私が最後に合コン行ったのは2015年ごろですが、それでもまだ「聞き上手な女」にポイント集まる時代でしたかね〜今はどうなんだろ?

・口説き文句が変わった
→友人たちのエピソードです。
「スキーウエアとか一式買ってあげるからさ、一緒に行こ(宿泊込み)」(1998年ごろ)
「お前を守るから(帰宅後の俺を支えてほしい・仕事も辞めて全力で)」(2000年ごろ)
「君といると落ち着く・癒される・気が楽(妻の方が年上・収入が上)」(2015年ごろ)

・結婚したい男性に求めることが変わった
2000年ごろ
1位 頼り甲斐
2位 お金と地位
3位 ドキドキさせてくれる(行動力)

2020年ごろ
1位 優しさ
2位 安定感
3位 DV・モラハラ気質じゃないこと(人間力)

 

この間、小島慶子さんが「更年期=年齢を重ねた女性=バカにしていい」、そういうムードに遭遇してひどくショックを受けたことがあったと語ってるのを見ました。
そうだよなぁ。つい最近まで全然そんな感じだった。
去年は「わきまえない女性」について盛り上がったばかりだし、まだこんなことで騒動になる国なんだな、と思う。
私がここであれこれ並べても、女性=男性という対等感には程遠さを感じる。
TVで活躍する女性の低年齢化も進んでる。1980年代にヒットした曲の大人っぽさ(例えば山口百恵とか岩崎宏美・中森明菜)は、今の時代に生まれようがないのかな。
最近やっと40代以降の女性主役ドラマが増えてきました。あとコメンテーターなども女性:男性比率を対等にしようという目に見えるムードは感じられるものの、ほんとここ2、3年という感じ。

私が最近腹立つのは、「40代に見えない」とかいうワード。地味に失礼と思う。「40代に見えない女優ランキング」とか。40代に見えたらなんなの?見えない人が勝利?「40代に見えない男ランキング」はないのにね。
年齢言うと、「見えなーい」って蚊の羽音みたいに言う女いますね。でもあれしか言いようがないというのが日本の現状なんだろうな。アラフォー以上への肯定語がめちゃ少ない。

最近つくづく思うのは、男性の額に刻まれたしわからはかっこよささえ漂うのに、女性芸能人やキャスターの額にしわは許されてないらしいということ。
NHK青井アナの額のしわが何気に好きなのですが、TVに出てる女性になかなかしわを見出せないです。ないの?ライト?
鼻を高くする女性芸能人もぐっと増えましたね。これでまた等身大の女性が減っていく。「ありのまま」なんて言葉だけ。
お笑い番組で女性アナ・女性タレントの笑顔をアップにする手法が主流のうちは、「女はこうであるべき」になんだかんだ苦しめられると思う。どんなにくだらないことでも笑う女性。R-1やM-1見てると、女性観客の笑いの沸点が低いという前提がそこにある。バラエティーのそのへんってアップデートされることあるのかな。

私が未来に「こうなったらいいな」と思うこと
1 女性の体温管理が当たり前になること(その教育・啓蒙の強化)
2 男女双方とも避妊が当たり前のマナーになること
3 女性に対しての「かわいい」という指標がマイナー化すること
4 女性の研究職・専門職への道のりをもっとわかりやすくしてほしい

1についての習慣化は、女性が自分の体の主導権を完全に持つこととつながると思うのです。自分の生理・排卵スケジュールがよくわからないという女性はまだ多く、保健教育の必要性をすごく感じます。今は便利なアプリもたくさんありそう。
体温の変化って、細かな体調の変化とつながってますよね。
その変化を把握できてれば、仕事やいろんなスケジュール管理もしやすくなるんじゃないのかな。
自分の体の声を聞くこと=自分を大切にすること。これからの女性がもっともっと自分本位でいられますように。

2は人権に関わるとも思う。避妊を言い出せない、受け入れてもらえないなんてまったく対等ではない。
これも1が浸透していれば、女性の力の向上にもつながるんじゃないでしょうか。自分がよく把握してない状態の体を誰かに明け渡す、とか危険すぎる。
映画やドラマの性シーンでいちいち避妊描写を入れれば「そういうものか」と自然に浸透していくんじゃないかと思うけどどうでしょうね。装着とかピル服用とか。そりゃまどろっこしいけど、まどろっこしいのが現実。

3「かわいい」とかって、個人が思う分にはいいだろうけど。
それが指標になってるのがムカつくというか、そもそも下に見てる言葉じゃないですか。褒めるなら「魅力的」に置き換わってほしい。
女性が結婚相手に求める順位は時代で変わってきたと思うけど、男性はいつの時代でも1位・2位に「かわいい」が来るんでしょうか。
石田ゆり子かわいい。50代なのにかわいい。大下さんかわいい。冠番組なのにかわいい。女同士で言う分にはいいと思うけど、「私も男にそれを言われたい」、みたいに洗脳してこようとするメディアにモヤモヤすんだよな〜「かわいい」は女の可能性をかなり封じてくる言葉と思う。

4についてですが、最近TVやラジオで、例えばウクライナ情勢にしてもコロナにしても女性の専門家や教授って増えましたよね。増えたというより前からいたのかな。メディアがやっと積極的に採用してるということでしょうか。前はオールおじさんだった。
そういう女性を目にするたびに、自分がどうであったらそういう研究職に進んでただろう?と思う。
どうしたらなれただろう?大学教授とか何かの専門職・研究者になるなんて考えたこともなかった。
でもいらっしゃるわけで。
そういうルートがあるんだよ、ということを知りたかった。今からでも「女性の道・選択肢」としてわかりやすく示してほしい。
そういう女性たちの「私の履歴書」みたいなコラムを読みたいけど、どこかにあるんだろうか。

国連の中満泉さんとか、どうしてその道に進んだんだろう?と思う。一体何歳から「そういう道に行く」と決めたのかなとか、今ならウィキペディアとか書籍で知れるでしょうか。でも、自分でアクセスするという能動性にかなりかかってる気がして。女性が政治や国際情勢、金融とかに普通に関心持つってことにまだまだ距離がある感じ。能動性がなければなんにも見出せないような、時代の可能性と限定性を勝手に憂いてしまう。

自分のこれまでを振り返ってみて。
「カムカム」みたいに私もラジオ英語ずっと聴いてたんですよね。
中1の夢は「空港で英語を使う仕事をする」
中満さんほどじゃないにしても国際性が自分の人生にちらついた奇跡の時期!
でもなぜその道が消えたか忘れた。
たぶん、「男からの選ばれ」という洗脳つうか願望にたやすく流れた。頑張るより選ばれたい。おそるべし他人軸。
ってか英語頑張って空港で働いてたらエグゼクティブに選ばれてたかもね。…ってまだ「選ばれ」とか言っちゃう夢子が私の中に棲んでいる。こわっ!

今はまだメディアが男性目線というか男性の価値観で発信されてるものが主流だから、よっぽど意識しないと「そーいうもんだ」って普通に心地よく受け取っちゃう。そんで知らぬ間に窮屈な型に入ってる。
姪っ子が24になった時「もう若くないから」って言ったのにショック受けた。なぜそんな価値観に!?
…おそらく、姪っ子と同世代は大学1年生とか2年をまぶしく「かわいいね」って見つめるんだと思う。そのかわいいから自分が外される前に敏感にツッパったんじゃないだろうか…。女の魅力に期限があるような価値観がまだこんなにも根強いなんて。それでもこの2、3年で随分いろんなこと変わりましたね。良い方向に。そのことも色々すごく体感してます。

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