期待をそろえる2

この間、20代のときに交際してた人から久々メールをもらった。

そのときの率直な感想は、「こわっ!」
彼に対して結構な被害者感情、からの嫌悪感を抱いてることに自分でも驚きました。
ただフラれただけなのに。
あんなに好きだったのに。
久々のメールは「元気?」というただの近況伺いだったのに。

そういえば、どの元彼にも被害者感情で心の決着をつけていた。
どうりで友達と思い出話をしたときに「あいつら」みたいに口が悪くなるわけで。

この状況は前記事の期待の話で言えば「A」
「ずっと愛されたい(結婚)」という期待・目的が叶わないと分かった途端、私は背を向けたわけですが、それは拗ねた気持ちをこじらせたまま放置していたにすぎない。
それを「決着」とみなしていた。
元彼を思い返すとき「二度と会いたくないし興味ない」と言い放ったりするなんてのは、どこか極端だったですね。
でもそれだけ心を預けきってた。期待しきっていた。
それが叶わなくて傷ついたんだと、心の奥深くでずっと感じていた。

メールをくれた元彼は、そういえば前にも近況報告をしてきたことがあった。
そのメールをこわごわ見返してみたら、当時転職したばかりの私へのエールが書いてあって、私はなぜフラれた時の被害者感情で記憶保存してたんだろうなと。
「元彼から連絡が来る」というのはそう珍しいことでもなく、悲しい別れ話を経てもいったん友達みたいになる。
なのに私ってば、どれも「あいつら」呼ばわりして記憶に閉じ込めてた!?

・・・期待が叶わないというのは「裏切り」と同じくらいの恨みを育ててしまうんだと思う。

ただ、それほど強い期待って何なんだろう。
当時の私の期待がどれほど強くて、相手の期待とずれていたかを少し検証してみたくなった。

当時の私 → S男(今回メールくれた元彼)への期待:自分を第1彼女にしてくれること
目的:彼との結婚(他に2人彼女がいた)

こうやって書き連ねてみると、「あいつ」呼ばわり保存でいいじゃないかと思えてきますが、あの頃確かに1位に躍り出そうなチャンスはあった(はず)

S男 → 私への期待:互いがありのままでいること(少し放置してほしい)
彼の目的はわかりませんが、私の期待度がAとしたら、彼はB→Cとたどっていったんじゃないかと予想。

当時、彼は転職間近でいろいろ悩みつつ、目の前の仕事も多忙を極めていた。
でも付き合いたてということもあり残業後に必ず会おうと約束して、私が深夜のファミレスで3時間以上待ってたこともあった。
あのころ、恋愛ドラマでもこういうシーンは描かれていたので、自分もそうでありたかった。
でも現実でこれをやるのは双方かなり疲弊するものです。
「待たれてる」という期待に応えるのは大変だと思う。
恋愛初期特有の熱さでやっと乗り越えられるもので、我らはその初期段階で早々に破局した。

でももしかしたら、彼も当初の期待度はAだったかもしれない。
ほかの彼女に「行かねーよ」と言われるところ、私だけが待ってるという。
あの当時の彼は何時間でも待ってくれる存在を強く求めてたのかもしれない。
その場合強く惹き合うんだろうけど、やがて息切れを起こす。
「Bの距離感でいいんじゃないかな」
そんな彼の声なき提案を私は「冷めた」と思い込み、Aの過剰期待がさらに強まる私・・
そういう悪循環が別れにつながったんじゃないか。

彼はもともと同期ということもあって、腹を割って語り合うような仲だった。
「こんなにわかってくれる相手はいない」という気持ちを刺激してくるS男ですが、彼女持ちということで友達に交際を反対されて、余計に期待と目的への意地が強まった私でしたね。
「そんなやつ」で済ませちゃえばいいじゃんと、口では言えるし本当にそう実践した。
そうして次の恋に進むことができたと言えるけど、同じようなことを繰り返す。
Aのスネ感で恋を強制終了させても、また別のAを満たす相手を求めたりする。
Aのこじらせは良くない…!

私ももっと大らかな気持ちでBに移行できればよかったんだけど、あの頃の自分の成熟度では難しかった。

結婚を意識した相手はもう1人いて、彼をT彦とする。
彼は付き合う前から「結婚願望ないんだよね〜」と言っていた。
「同棲でいいじゃん」とするT彦。
当時アラサーの私は結婚の見込みもない人のために実家を出ることはちょっとありえなかったですね。

でも、本当にありえなかったか?というのは今も疼くこと。
彼と私はS男のときよりかは低温状態で交際がスタートして、当初の双方の期待度はBレベルだった。
仲良く付き合ってたのは、さほど結婚を意識してなかった1年半くらい。
年頃の私は「なぜ結婚を決めてくれないのか?」という期待がどんどん強まり、相手の何もかもを不信と不満の目で見るようになる。
「それは愛されてないんだよ」とか余計なことを言う友人が出現したりする。
でも振り返れば、すごくよくしてもらってた。
なのに、私の「結婚」という期待&目的がT彦の献身を矮小化した。
私は彼に心から「ありがとう」と、ちゃんと言っていただろうか。
いつからか、一緒にいてもスネた態度を残したまま彼と接するようになっていたから。
Aレベルの期待度を私がもう少し取り下げて、「今でも十分楽しい」という部分に光を当てることはできなかっただろうか。

・・・自分を責めたり反省会はこのへんまでにして。

時代を思うと、やっぱり焦らずにはいられなかった。
同棲して5年経ったら自分は30後半になる。
そこから果たして妊娠できるのだろうか?
もしそのあたりでフラれたら?
それらの不安を「なんとかなるさ・だってこんなにうまくいっている」と吹き飛ばせればよかった。
でもできなかった。
親からの期待、友達の結婚ラッシュ、「高齢出産はやめたほうがいい」という進言、「他にもっといい人いるよ」という不確かなアドバイス。
これらに振り回されない自分でいたかったけど、でももう少しだけ、「今の幸福」の上で呑気でいればよかった。

結局反省しきりですね。
でも未練があるわけじゃない。
「目の前の縁」をもっと大事にできたんじゃないか、愛情をしっかり受け止めて、もっと感謝したってよかったんじゃないか。
もったいなかったな〜という振り返りです。
自分の期待度を下げる、ということにもっと真剣でありたかった。

何が言いたいかというと、人はBレベルでこそ真の相思相愛になれるんじゃないかということ。恋愛だけじゃなく。
Aを一方的に募らせても「双方」で取り組めることはあまりない。
Aの濃厚さは自分の問題。
相手に強く何かを求めてしまうときは、期待が高まりすぎてるアラート。
強すぎる期待はお化けのように、本来の自分らしさとかけ離れたところで膨張してしまう。
きっと自分の過去にヒントがあるのでしょう。
疼くパターン。ないがしろにされたと感じる怒り。
いつもあの子が優先されるという絶望、自分の影響力のなさへの無力感。
いろいろあるでしょうけどね。
目の前の縁をもっと丁寧に大事にする気持ちがあれば、誰とだって永久関係を築くことができるんじゃないか。
そのコツはBレベルの低温感かなと思った次第です。
あと自分のパターンを繰り返さないために、過去の疼きを突き止めてみるのもよさそうです。







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